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短編部門 07 きっと誰も気づかない

きっと誰も気づかない

ペンネーム:〆切抜刀斎

 私の兄は、ひきこもりだ。母はその兄を心配し、その一挙一動に喜んだり悲しんだりした。私がテストで良い点を取っても、母は一度も褒めてくれたことはなかった。でも、兄が外に出掛けただけで、母はずっと笑顔だった。私の帰宅が遅かったとき、母は激怒して私の顔を殴った。でも、兄が家中の襖を殴って穴を開けたとき、母はずっと悲しい顔をしていただけだった。

 ひきこもりと不良は似ている。家族をずっと困らせているくせに、普通に働いただけで周りが偉いと称賛する。不良は一度の善行で百の悪行がチャラにされ、周りが褒め称える。ひきこもりの人が悪いことをしているとは言わないけど、その犠牲になる人もいる。たとえば、私がそう。本当に偉いのは、普通のことを普通にしている人間だ。

 いや、私だって普通だと思われることを無理して何とかこなしている。いつ限界が来てもおかしくはない。周りの人が気づかないだけだ。毎日、満員電車に乗るのはつらい。上司に嫌みを言われるのはつらい。自分だってひきこもりたいと思っている人は多いと思う。だけど、私はひきこもりたくない。兄を身近で見てきたから。そのつらさが分かるから。

 だけど、私は兄に嫉妬する。兄のようになりたくないと思っているのに、なぜか嫉妬してしまう。おかしいとは自分でも分かっている。そんな自分が嫌いだ。
 私は母をずっと恨んでいる。兄のことばかり心配して、私のことを一度も見てくれたことがなかったから。

 私は就職を機に一人暮らしを始めた。母や兄がいる、あの家にもう二度と戻ることはないと思う。二人ともずっと私の思いに気づくことはないだろう。私も自分の思いを伝えるつもりはない。これ以上、二人に関わったら自分の心が壊れてしまうから。だけど、あの二人はそれに気づかない。きっと誰も気づかない。
 




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Opinions

  1. Post comment

    引きこもりの兄弟がどんな気持ちか、というのはあまりフォーカスされていなかったような気がします。興味深く読ませていただきました。

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