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本編部門 05 羊

ペンネーム:原田放

 遠く隔てた距離にいる。触れるのを恐れているのか、決して何物にも触れられないのを憎み、望みを失っているかは分からない。まあ僕はここにいる、PC と向き合っている。それは確かだ。自己紹介をするべきだろう、誰かみたいに華麗に自分を飾り立てて、あるいはそぎ落として、魅力的な何かになれればいいとも思うよ、誰にもたどり着けない場所でね。つまるところそれが僕だって言えれば最高だろう。

 かつて自室にひきこもっていたし、今も殆ど人的接触はない。今は苦しむことはない。まだ見ぬ将来に絶望することも、過去に追いたてられることも、単調な今日に押し込められることもない。悪い夢はもう消え去ったということ。残り香のように、かつて僕はヒキだったって主張している。今は最低限外に出る。そうしないと生命が保てないから。他人の金を使って、遊ぶように暮らしている。不要な生命だろうと、誰もが生きる権利はあるからね。綺麗事だろうと、理念が現実において隈なく達成されていないとしても。僕は呆れたように生きていて、人は呆れるまでもなく僕の姿を知らない。すれ違う彼は僕のことを想像もしないだろうね。想像の貧困と無関心がこの世の中の原理なんだ。それで僕も何とか生きている。自分のスペースの内側で、傷つくことなく、誰をも侵害することなくね。

 それが僕がこの36年でたどり着いた場所だったってわけ。苦しむことなく、楽しくなくとも笑うこと。少なくとも自分の身の裡では、このインナースペースでは賑やかな声は、時に聞こえる。例えば芸人のラジオ聞いたりね、本なんかも面白い、あれって結構いいよ正味の話、人類が得たなかなか最高の発明品だって思う。個人的な見解ですが。けど個人ってつまるところ全ての声に成りうることがあるじゃない。僕と君のこの関係では。うんうん。話がずれたね。つまり僕は笑うってこと。笑えない精神状態でも、全てを置き去りにするように、今に集中できるってこと、時に薬物の力を借りつつ。それだって一度きりの人生にとっては素晴らしいことだよ。平静を保てるということは。それほど沈み込むことがないのは。今だって過渡期だけどね、僕もこの時代も、だけど、そうやってこれからがあるし、これまでも無駄じゃなかったって、宣言できること自体、僕は嬉しい。もし君が落ち込んでいるのなら、こんな言葉は聞き流してくれると僕は嬉しい。僕を憎んでくれても構わないし、ケツの穴みたいに思ってくれても構わない、有害な何かでもいいよ、昨今流行っているね。けどひとつ、これから君を邪魔しないから、それは言っておきたい。話を元に戻すよ。で元ってどこだろう。

 流し流され、今があるってこと。そう思っていれば怖くないね。そうすると何とか明日も生きられそうな感慨さえ手に入りそうになるんだ。それは君の望むところではなくても。目障りだったら謝りたい、不快にさせてごめんよ、と。不快にさせるのが俺の仕事だとも、思っているんだがね。君のように渦中にある人間にこそ響く言葉がある。つまり全てが、メッセージだとするのなら。さてね僕は全てが間違いだったし、これからも間違い続けるんだろう、って思う。人は誰かの手によって救われることがあるのかって話。けどね僕だって人を助けたいと思ったことはあったし、事実助けを求めたこともあった。声なんてあげられないよ勿論、自分の無能をアピールなんてしたくないし、そもそも無能だとも思っていないしね、確かに無力だとは痛いほど痛感していたけれど。それを覆すことを、切ないほど切望したけどね。結局、立ち上がるのは僕が決めるしかない。小さな部屋の軋む椅子からもね。

 だけども、悪いことでいつも思うことがある。「それで何になる、何がある」って僕はいつも言っているんだ。何になるんだろうね結局のところ。意味なんて無意味なものを求めてはいない。結局行き着く先は墓場な訳だし、墓場を作るために金と家族が作りたいとも思わないし、金と家族を作るために就職して、誰かと異性間交遊なんて付き合いたくはないし、学校に生きたくなかったし、そもそも異性は僕のことを見ていたかだって怪しいものだ。彼女達の可愛らしい胸の中には僕に対しての侮蔑の言葉が眠っていたんじゃないかな、って今も思うよ。僕のことを見ていなくても、覚えるまでもなく忘れていても、言葉は凍結して、永久凍土の淵で死んでいることを今は願うよ。

「だからもうきもいとか言わないでくれ」
まあ、あくまでそれは過去の話だ。そうやって自分に言い聞かせる。これを強さだって評してくれたら僕は嬉しい。名誉、栄光だ、僕の。僕も愛を叫ぶから。頑張れも、応援しているも不似合いかもしれない。いきろも死ぬなもあるいは。ここにいるも、信じるまでもなく生きているも。だってそれが絶望じゃないか!君はどう思う?僕はあなたに対してこれ以上人々を、あるいはそれらが持つイメージを遠ざけないでくれ、と思うけど、反りの会わない人間には近寄らない方がいいとも、思う。僕が人生で得た数少ない経験訓でもある。

 考えすぎるな、とかまずやってみろ、とか僕は言う。なぜならそんなことできやしないから。ペラペラの言葉だよ、言葉でさえないのかもしれない、自動うんこマシーンだ。僕がつくづく排泄物が好きだって言わないでくれ。その指摘は身に刺さるよ。僕の悪態の最高峰が糞なんだ。もしくは全てが循環する世の中なのだとすれば、何もかもが、それなのかもしれないね。もうバカにすることもない。全ての言葉の響きは尊ばれるべきものかもしれない、僕ら人類も、そんな日が来ればいいね。禁句を言っているのは分かってるよ、日和った理想主義者、何も見ずに説教だけ垂れる俗物だって自分でも思っている。けどそんな日が来ればいい、僕が生きている内に。全てが並列にあること、色彩はそれぞれ違うこと。輝きも澱みもすること。いつか隣人みたいに話せること、ひょっとしたら愛しい姫君と。いつか王様が高級車を捨て去り、電車に乗る日常。毒も薬も僕ら皆が担うこと。おっと、あまり政治的な発言はしない方がいいね、その方が身のためだ。けどいつか、僕が全てとフラットにいること。結果、どのような景色を見るだろう。それが僕の見れるとびきり良い夢だ。

 もしくは現在を生きない、今というポイントを通りすぎた僕みたいな人間が放つ言葉は、説得力を持たないだろう。あるいは僕の人間性がそもそも他者に希求される代物ではないか、誰にとっても。そう考えると悲しくなるよ、僕は何一つ語れはせず、持つものは全てペラペラのレプリカだなんてことを思うわけだから。僕の経験だって生半可な糞みたいなことだってね。あえて言えば高級な糞だ。そうやって自分を貶める、悪い癖だ、自分ではそんなこと露知らず思っていないのに。でもね僕だって自省はする、次に生かせることなんてないのだとしても、その機会もないしね、こうやって僕の駄文が読まれること以外は。これは稀有なことだよ、感謝したい。ここは太文字で書いておくれ。その気持ちは本当だ、証明できることはなくてもね。沸き起こる気持ちをそう信じるしかない、少なくとも自分は。

 僕の知り合いが、ひきこもっている。ごく稀に訪れた時に、彼と話しはしない。僕の前には出てこない。僕も同じ気持ちでいる。僕はただのノイズだ。僕が差し出せるものなど一つもないんだ。長い時の経過を待ち、そこで得られる、または失われる物事を僕らは見つめるしかない。それが人生なんだって思うよ。場面で生まれる、語る言葉も、繋がれる手も、慈悲深い視線もないとしてもね。僕自身がそれをこの上なく希求したとしても。僕という人間の限りそれらは身に付かないし、手に入れられもしない。僕はそっと優しさなんかを差し出したいだけなのに。自分に酔っているだけなんだ。

 彼の窓から聞こえる歌があるんだ。それを僕が耳にするのをその人がどう思うのかは分からない。だけどそれは聞こえるものなんだ。音は溢れるようにこの世界に存在している。そしてここも世界なんだ。ループして永遠に聞こえる歌、それは時によって変わる。季節によって曲調は激しくも柔らかくもなる。この前は、羊文学の曲だった。その人がそんな歌を来ているとは予期しなかったよ。センスの良い、と僕なら言ってしまうほどに僕もそのバンドが好きだった。「若者たち」というアルバムを僕は繰り返し、繰り返し聞いた。時に部屋で、あるいは自転車に乗って。夏の日によく似合った。湿度のある爽やかすぎない、暗がりの気だるい暑さ。遅れてきた青春が彼女達の音楽によってもたらされた、とまで僕は思った。人生という劇場で、BGM と共に生きること。現在の社会を生きる上での、最高な時間の過ごし方とまで僕は思っていた。恍惚としていた、と言っても過言ではない。その人も同じように音楽を聞いていた。異なる経路を通って音楽は僕らに到達し、降り注いでいる。

「それでいいじゃないか」
僕はそう思ったんだ。何故かは分からないけど、この先泣ければいいなと僕は思った。どういう理由でも、場所でもいいから。自分のためでも他者のためでもいいから。一筋の光が世界に流れ着いたらな、って信じれたんだ。だからいいんだ。もう憎まなくてもいい、誰をも恨まなくてもいい。そう思うのは罪でも罰でもないだろう。いつかその事を人に話すことができればいい、とは思う。それだって立派な押し付けにすぎないだろうけど。
「さよなら」を言うタイミングなんて僕の人生には存在しないんだ。絶対的に絶対にね。




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Opinions

  1. Post comment

    タイトルの「羊」は羊文学の羊でしょうか。動物の羊のイメージも重なっているでしょうか。最後の方にかけて少し明るくなっていくのがよかったです。

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