文学大賞 本編部門09
作者:〆切抜刀斎
「ひきこもりは社会の問題だ」と言われることがある。日本は同調圧力が強いし、集団主義的だから、社会から弾かれた人がひきこもりになるとインテリが言う。だけど、俺は疑問だ。本当にそうなのか。
8050問題というのがある。80代の親が50代のひきこもっている子どもの面倒を見ているというやつ。だけど、それって日本の高齢者ファーストの社会保障と30年続いたデフレが原因だったと俺は思う。ひきこもりの多くは、実家で暮らし、生活費のほとんどは親に負担させている。これは親が定年を迎えていても続く。この状態を長く続けられるのは、長引くデフレと高齢者優遇の社会保障のおかげなんじゃないだろうか。
デフレであれば、物価が下がるので預貯金の価値が実質的に上がる。それに加えて、高齢者の年金は下の世代に比べて多く貰えるし、医療費の自己負担も少ない。子どもの年齢が上がっても問題を先送りにできた。日本の社会保障の問題と同じ構造だ。
仮に他の先進諸国のようにインフレ傾向で、かつ社会保障が高齢者に偏っていなければ、ひきこもる子どもの面倒を見られない家庭が増えて、問題が表面化するのは早かったと思う。親が経済的に立ち行かないから。そして、生活保護などで行政とつながるのが早まったと思う。暴力的支援団体が入り込む余地なんてなかったと思う。だって、金にならないんだから。
もっと大きいのは問題を先延ばしせずに済んだので、いろんな可能性があったはず。子どもが若ければ、まだ気力・体力があり、技能も習得しやすい。年齢による恥ずかしさもマシだっただろう。
だけど、現実はちがった。先延ばしにするだけの余裕を親とその子どもに与えてしまった。40代、50代になって初めて社会に出ようとする人は、とんでもなくハードルが高くなってしまった。でも、日本の社会保障だってそうしてきたじゃないか? そして、この構造自体が8050問題の本質だったと俺は思っている。
ただ、8050問題が解決するのも時間の問題だと思う。2023年の日本のインフレ率は3%を超えている。毎年3%のインフレが続けば、今の現金の価値は20年で半分近くになる。貯金が1千万あっても20年も経てば、その半分の価値にしかならない。日銀は、インフレ目標を2%にしている。これだと現在の現金の価値が半分になるのは30年後くらいだ。投資をギャンブルだと毛嫌いし、預貯金と保険が好きな日本人はインフレに耐えられない。
ひきこもりというのは、古今東西存在したんだろうが、日本だけが長引くデフレによってそれが急増したというのが俺の仮説。ひきこもりはデフレの申し子と言ってもいい。高齢者優遇の社会保障がそれを後押しした。働いていない成人の子どもを養える条件が揃ってしまった。
歴史を遡れば、世界はインフレするもんなんだ。日本のこの30年が異常だっただけ。1904年に起きた日露戦争の戦費は、20億程度。大谷翔平の報酬は、10年で1050億円(1ドル150円換算)ほど。だからといって、大谷翔平一人で世界を征服できるとは誰も思わない。物価が上がれば、給与も上がる。世界の歴史はインフレと共にある。
ジェレミー・シーゲルという学者の本には、ある有名なグラフが掲載されている。1802年に1ドルを株式に投資していたら、200年後どうなっているか。またその1ドルを通貨のままで200年後も持ち続けていたらどうなっているか。株式のほうは、その1ドルは200年後には93万ドルの価値になっていた。戦闘力が53万のフリーザもびっくりだぜ。一方、通貨のほうは200年後の実質的な価値は0.052ドルになっていた。およそ20分の1の価値に減ってしまった。
しかし、日本人はデフレを謳歌していた。内閣府の世論調査によると、2018年には、今の生活に満足と答えた人の割合が74.7%と過去最高を記録した。2015年以降、今の生活に満足と答える人は、2016年以外は70%を超えている(2016年は68.9%)。どうしてこのような数字になったんだろうか。
あるホラー小説に猿の手という話が出てくる。何でも願い事を叶えてくれる代わりに大きな代償を払う必要がある。「お金持ちになりたい」と願ったら、翌日親が死んで生命保険の保険金がもらえたとかそういう感じ。
この満足度の調査を見ると、財政的な幼児虐待をおこなった結果だと俺は思っている。問題を先延ばしにした、政府と国民の共犯関係。どこの政党が悪いという問題じゃない。だって、どこも社会保障の膨張を推し進めようしているから。
今の赤ん坊は、生まれた瞬間から前の世代の借金を強制的に背負わされる。本人の同意なしに。まさに外道。今の政策がそのまま続くと「孫は祖父母より1億円も損をする」という学者もいる。これほどの経済的な虐待が存在するだろうか。
高齢者世帯の平均貯蓄額を調べると2973万円で、中央値でも1592万円もある。経済的に暮らし向きに心配ないと感じる高齢者は、64.6%ほど。80歳以上だと71.5%にもなる(内閣府・高齢社会白書平成29年版)。デフレだと物価が安くなるので、預貯金が多い高齢者は生活にゆとりが生まれて、こういう数字になるのだろう。
高齢者世帯の平均年金収入は、199万ほど。そして、年金を含めた総所得になると約312万円(ソース:2018年度の厚労省「国民生活基礎調査(R1))。年金収入や総所得の中央値は見つからず。
高齢者は貯蓄額が高く、不労所得もそこそこあり、医療費負担も少なく、シルバーパス等で各種サービスを安く利用できる。家賃の安い公営住宅の抽選にも当選しやすい。資産の有無を問題にしない制度だから。
いろいろ高齢者が優遇されていることはあるが、同情するところもある。高齢者は自動車免許の返納を迫られるから。原付免許以上の運転者の10万人当たりの事故件数は、16~19歳が1025.3件と断然多い。つぎは20~24歳の589.5件となり、85歳以上の519.9件ていど(ソース:自動車保険一括見積もり比較サイト【インズウェブ】)。
ゼロリスクが好きな日本人なら、10代、20代の運転免許の禁止こそ求めなきゃいけないのに、なぜ高齢者にだけ免許返納を求めるのか。運転を止めた高齢者は、運転を続けている高齢者に比べて、要介護状態になる確率が約8倍に跳ね上がる(国立長寿医療研究センター研究)。高齢者に免許返納を求めるやつは、要介護者を増やしたいのか? 間接的な虐待だし、年齢差別。しかも社会保障費が増える原因を増やしている。若者の事故率のほうが高いのに、高齢者だけに免許返納を促すのはおかしい。
命が大事というのなら、それこそ車の廃止を訴えろ。せめて自動運転の車だけ認めろ。そうすれば、日本が世界でもっとも自動運転が進んだ国になって覇権を握れるし、ドライバーとして働いていた労働者を別の産業に移すことで人手不足の解消にもつながる。
自動運転の車だってリスクがあるだって? なら、家にひきこもれ。外に出るな。歓迎するぜ。
閑話休題。
これだけ高齢者が優遇されたからこそ、8050問題が生まれる素地ができた。皮肉な話だよな。ロスジェネ世代は、自分の親世代の雇用を守るために、非正規雇用で劣悪な労働環境に打ちのめされてひきこもった奴らもいるだろう。ひきこもるという形で親世代に復讐しているのか。因果は巡る。
最後に俺が何者か読者に伝えたい。ただのひきこもりさ。今は自宅師と名乗っている。もっともフィジカルで、もっともプリミティブで、もっともフェティッシュな生き方をしている。障害年金をいただいて、それをひたすら海外のインデックスファンドにぶち込んでいる。
トマ・ピケティのr>gや、アインシュタインが人類最大の発明と語ったとされる複利、そして過去200年の米国株式の利回りを知っていれば、主な収入が障害年金だけの自宅師でも希望を持って生きていける。20年以上の年月をかければ、金融知識のないサラリーマンより資産を築ける可能性がある。
このままだと俺は孤独死するだろうが、そのときは自分の資産をお世話になっている福祉法人や孤児院に寄付するつもりだ。もちろん、働きたいと思っている。そのほうが資産の増え方がちがうから。
グラビアアイドルのような女の子とも付き合いたい。おっぱいに顔をうずめて甘えたい。しかし、資産が減ってしまう。ハムレットも言っていた。「おっぱいか資産か、それが問題だ」
2007年、赤木智弘という一人のフリーターが、「希望は、戦争」という文章を発表した。戦争で格差が縮まるのは、歴史が証明しているから気持ちはわからなくはない。でも、俺はこう言いたい。「希望は、インデックス」だと。
全世界株式インデックスファンドに長期投資している人は、世界の未来に期待している。実際、世界経済は成長し続けている。長期投資はプラスサムゲーム。みんなが豊かになる希望に賭けている。
もしかしたら、今後アメリカで内戦が起きるかもしれない。台湾有事で日本も危機的な状況に陥るかもしれない。でも、そのときはそのときだろ? 北斗の拳のような世界が訪れたら、もっともフィジカルな人間だけが生き残る。畑を耕して狩りをするのが当たり前な、もっともプリミティブな世界になる。でも、そんな世界で生きていけるのは、もっともフェティッシュな自宅師だけ。そんな妄想を抱きながら、今日も俺は福祉作業所に向かう。