引きこもり文学大賞 短編部門18
作者:〆切抜刀斎
「働こうと思ってもブラックな会社ばかり。親は、俺の顔を見るたびに将来どうするんだ?と聞くんですよ。こちらが知りたいぐらいですよ」
私は軽くうなずいた。
「ひきこもりがこんなに増えているのに、ろくな支援団体がない。役所もどうしようもない連中ばかり。もっと当事者に対して、想像力を持てないのかなあ。いつも偉そうにアドバイスしてくるし、上から目線だし。全然フラットな関係じゃない」
私は彼の顔をじっと見ていた。
「さっきからずっと黙っていますけど、どうしたんですか?俺の話に全然共感していないように見えます。共感することは、支援者に必要なことですよ。正直、この仕事に向いてないんじゃないですか」
私はだまって席を立ち、相談室と呼ばれるその部屋から出た。彼がどんな顔をしているか想像はつく。
いまの時代、ハローワークや障害福祉課の職員が、非正規雇用であることは珍しくない。私もその1人だ。相談に来る市民は、おそらく正規職員との区別もつかない。3月末には雇用契約を更新するか決まるが、職場での心証が悪いのでおそらく雇い止めになるだろう。
社会的弱者と呼ばれる人を、準社会的弱者の私たちが彼らのサポートをすることになっている。まるで老老介護だ。世の中のほとんどの人はそのことを知らない。
社会は、これからどんどん人手不足になっていく。特に福祉業界に優秀な人間が集まらなくなり、少ない人員で仕事を回すことになる。
そうなれば、いつまでもお客様気分の相談者は敬して遠ざけられる。支援の対象者が、支援したいような人間であるとは限らない。対等な関係を望むのに無礼。相手に想像力を求めるのに自分は例外。己の非は当事者だから免責されるという謎ルール。これでは信頼関係を築けるわけがない。
桜が咲くころには、私は失業し、今日の相談者と同じ立場になるだろう。数年前の暗い自室を思い出しながら、職場の机で履歴書の続きを書いていた。