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文学大賞 本編部門10 フレームのかなたに 作者 高橋

文学大賞 本編部門10

作者:  高橋

  葬儀場へ向かう途中に、小さな児童公園があった。今、私はそこのベンチに腰を下ろして、動けずにいた。
 かつての仲間の死に、どう向き合ってよいのか、踏ん切りがつかずにいたのだ。
「美咲さんじゃないですか」
 モーニング姿の若い男性が住宅街の路上に立ち、視線を向けていた。
 圭一郎くんと会うことは予想していた。亡くなったタツヒロと私は、大学時代に映研の部員で、圭一郎くんは二つ下の後輩。今は三年生のはずだ。
「どうしたんですか? 式、始まってしまいますよ」
「先、行ってて」
 私の様子を心配して、圭一郎くんは児童公園に足を踏み入れ、歩み寄ってきた。
「タツヒロに会えない」
 私は絞り出すように言うのが精一杯だった。
「私ね……あの頃、タツヒロと付き合ってたんだ」

 大学に入学し、新入生対象のサークル勧誘で声をかけられて、知らぬ間に映像研究部に入っていた。映画なんて何も知らないけれど、みんなでワイワイ作るのが楽しかった。
 同学年のタツヒロが監督する作品に、私はスタッフとして参加するようになった。彼は短編を次々に撮り、精力的に活動していた。
「美咲、付き合ってくれ」
「どこに?」
「いや、俺と」
「だから、どこに行くの?」
 そんな、とんちんかんなやりとり。交際の告白だったとは。いつも一緒にいたから自然な流れだったし、付き合い始めても今までどおりの映画作りを一緒に続けていた。
 四年生の時、学祭に向けて、タツヒロは長編を作ると決意した。彼は映像制作会社のスタッフとしてバイトをしており、卒業後は契約社員に採用される予定だった。
 長編の題材は青春ラブストーリー。私は今回、現場スタッフだけでなく、脚本まで手掛けた。恋愛モノを書けないタツヒロに依頼されて、生まれて初めて書いた物語だった。
 いよいよ撮影初日。集合場所に来て、アクシデントが発生した。
「美咲、頼みがある。一生のお願いだ!」
 プロポーズでもあるまいし何かと思ったら、ついさっき、主演女優が降板を申し出たというのだ。
 新しい役者を探している時間はない。だけど、中止にはしたくない。もう他のキャストやスタッフのスケジュールを押さえているし、今日は撮影スタジオまで借りてしまっている。
 だから、私にヒロインを演じてほしいと。
「無理、無理、無理! 私、学芸会でも演技をしたことない!」
 正確に言うと、セリフなしの木の役なら演じたことはある。
「いや、脚本を書いたんだから、セリフも入っている。一番、作品を理解している人間だ」
 そして、同じようにお願いしてきた人物がいた。私の相手役を演じる、後輩の圭一郎くんだった。
「俺だって、素人ですよ」
 圭一郎くんは軽音部に所属していたが、演技は初めてだった。
 私はやると決めた。このまま、映画を幻にしたくない。
 その夏、どうにかこうにか演じ切って、無事に撮影は終了した。

 なのに、映画は完成しなかった。学祭に間に合わなかったのだ。
 私は不甲斐ないタツヒロに対し、激昂した。タツヒロは不完全な状態で、上映したくなかったという。
 決裂した私たちは、そのまま会うこともなくなった。タツヒロが大学に来なくなってしまったからだ。聞いたところによると、都内の実家に引きこもってしまったという。
 やがて、卒業を迎えたが、タツヒロが姿を現すことはなかった。卒業できたのかも、就職したのかも分からない。ためしにメッセージを送ってみたけれど、返信はなかった。
 就職した私は、日々の生活に忙殺された。その後、彼がどうしているのかさえ、すっかり忘れていた。
 そして、あの撮影から一年が過ぎたころ、タツヒロの訃報が舞い込んだのだった。
「別れの挨拶を言いに行きましょうよ。最後の機会だから」
 今、この児童公園のベンチで、喪服姿の圭一郎くんは私に、そう告げた。

「私たちって、いつも喪服を着て、学校に通っていたんだね」
 私が書いたセリフ。私が演じたセリフ。
 劇中、ヒロインの女子高校生は亡くなったクラスメートのお葬式に参列した。その帰りに、同行した男子高校生……演じていたのは圭一郎くんだったけれど、その彼につぶやいたのだった。高校生は制服姿で葬儀に参列するのだから。

 タツヒロの死因は癌だった。映画の撮影後、夏が終わって、判明したらしい。彼は周囲には内緒にしていた。病気が理由で、映画が完成しなかったのに。
 葬儀が終わると、私と圭一郎くんは早々に辞去し、駅へ向かうために歩いていた。旧友の死は、同窓会の役目も果たすというが、かつてのサークルメンバーたちとの再会も果たした。
「すみません!」
 喪服姿の女性が追いかけてきた。遺族席にいた人物だ。
「タツヒロの姉です。今、聞いたんですけれど、映像研究部に所属されていた方ですよね? あっ、お二人、カップル役を演じていた……」
 どうして、あの映画のことを知っているのだろう?
「これ、タツヒロに頼まれていたんです。関係者に渡してくれって」
 USBメモリーを、私と圭一郎くん、それぞれに渡してきた。
「お二人が出演した映画です。私も見せていただきました」
 タツヒロは闘病中、編集作業をしていたらしい。意地でも完成させなきゃ、死んでも死にきれないと。

 家に戻った私は、心を落ち着かせてから、USBメモリーをセットした。
 PCの画面に映像が流れ出す。夏空の景色の中で、制服姿の私が笑っていた。
 撮影しているのは、監督のタツヒロ。彼がファインダー越しに見守ってくれているような気がした。
 みんな、別の道を歩み始めた。タツヒロはもちろんだが、圭一郎くんとも二度と会うことはないかもしれない。
 だけど映画の中では、私たちはいつまでも一緒だ。

 




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