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本編部門 21 再生

再生

ペンネーム:みう

 いつも遅れて気づく。また、溜息をついていた。これではいけない。無理にでも笑ったほうが明るくなると、昔どこかで見たから、行動から明るくしていこうと意識しているのだけれど、なかなか、上手くいかない。だけど、私は早く、元気にならなければならないのだ。とりあえず、三十秒、笑顔になってみようと思う。一、二、三、四、五、六、七、あれ、そういえば、私はいつから、あんな、静かで、生ぬるくて、ゆっくりとした溜息をつくようになったのだろう。昔は違ったはずだ。あ、まただ。私はいつから、天井を見ていたのだろう。いつから力なく仰向きに寝転んで、ただ白いだけの壁を見続けていたのだろう。ああ、私は死に体。いつから、そう思うようになったのだろう。はあ、まただ、さっきまで、私は何か別のことを考えようとしていた気がするのだけど、それがなにかわからなくなってしまった。色々な考えが不規則に飛び交うから、なにも考えられなくなるのだ。まるで脳内で金魚掬いをしているようだ。どの金魚を掬おうとしても、決まって紙は破れるのだから、なんともやるせなく、力が抜ける。これではいけない。
 昼間はカーテンを貫通するほどに元気だった光も、今や弱弱しく零れるだけだ。私は気分を変えるため、冷蔵庫に行って氷水を飲んでみる。これをするとなぜだかわからないけれど、少しの間だけ頭がすっきりして別人のようになれるのだ。今だって部屋が暗いなと急に思った。明かりや人柄に対して人間が暗いなと思うのは、その人が明るいだけなのだろうから、私は今、急に明るくなったのだと思う。ただの水なのに、薬を飲んだみたいで不思議である。
 電気をつけると夜を実感して、謎の焦りと寂しさが現れたから、わざと跳ねるように歩いてテレビに近づき、軽快に電源ボタンを押す。ニュースに興味はないけれど、自分とは全く関係のない、遠く離れたとこにいる人の声が、私の心を妙に落ち着かせるから便利である。とはいえ、テレビによる効果も時間が経つにつれて薄れてしまうから、今の内に面倒なことを済ませてしまったほうがいい。食事だ。
 少し前はインスタント麺を主食にしていたけれど、数日前、それを作ることすら面倒になり、シリアルをそのまま食べた。おいしいとは思わなかった。が、食べてみて良い事に気が付いた。乾燥した物を食べると口が乾く。すると、私は自然の動作で氷水を飲むことになる。無理やり心を上向かせるのではなく、自然に心が上向くことになる。これは私のお気に入りになった。毎食シリアルを食べるようになったのである。
 リポーターが事故現場の報告をしている。私はシリアルを食べては氷水を飲む。クラシックミュージックとフランス料理を味わっている人も、私と同じような気持ちなのだろうか、さすがに違うか。こんなことを考えられるほど、今の私にも余裕がある。本当に、私はさっきまでの私を可笑しく思う。つまらなくてどうでもいいことを考えていたはずだ。茶化して笑ってやりたくなる。けれど、今の私はお薬を打って良くなっているようなものだから、何とも言えない。ところで、私はなにを考えていたんだっけ。いつからこうなったのか、昔はこうではなかったのに、みたいなことだっけか。いつからって、遅れて気づいたあの日からでしょう? あの日、未来にあるはずの死がやってきて、現在の私の精神だけを殺してしまったのだ。

 私は子供の頃からずっと、いわゆる完璧主義者というやつだった。何事でも完璧にしたい。勉強だって、運動だって、なんだって一番がいい。そう強く思っていたのだ。だから、理想通りになるために最大限の努力をすることをあたりまえだと思っていたし、正しくて、良いことだと信じて生きていた。
 理想はいつしか、私に計画性をもたらした。
 良い結果を得るためには、ただ闇雲に動くだけではだめだ、先のことを考えて動かなければならない。未来、将来のことを考えて努力すべきだ。そう思うようになったのである。
 この考えは論理的に間違ってなどいない。しかし、とても危険な考えである。
 学生の頃、私はそれに気づくことはなかった。抜け目のない完璧な優等生で居続けたのである。そんな私を、大人たちは手放しで褒めた。学生たちは尊敬の眼差しを向けた。そんな状態であったから、私はある程度満足していたと思う。でも同時に、不思議で仕方がなかった。私はただ、努力しただけのことである。褒められるほどの凄いことをしたのだろうか。また、私のようになりたいのであれば、努力すればいいではないか。しかし、彼らはすぐに遊びやら、恋愛やら、青春やらに走る。なぜ発言と行動が一致しないのだろうか。
 私の疑問は時が経つにつれ、軽蔑へと変化していった。人が称賛するからと、私は私の考えや行動を肯定し続けたからである。
 彼らは阿呆だ。今すべきことは、本当にそれなのか? サボっていては後悔するだろう。人生は長いのだから、今は我慢すべきだ。今を犠牲にしてでも、将来のために努力すべきなのだ。
 手段はいつしか、目的となってしまっていたのだ。私はそれに気づくことができなかった。ずっと、そのままで、自己正当化したまま、時間が過ぎ、あっという間に、大人になっていたのだ。
 終わったのはある日のこと、突然だった。ほんと、なんの前触れもきっかけもなくて、事故のようだった。強いて理由を言えば、雨で景色も音も単調だったから退屈で、自分を見つめてしまっていたということだろうか。私は、ふと、思ったのだ。
 ねえ、将来とは、いつなの?

 嫌なことを思い出して気分がとても悪い。効果はとうに切れていたのだ。シリアルはもう食べられない。テレビの音はぼんやりとしか聞こえない。最悪。どうしたいいのか、わからない。
 ああ、そうだ、テレビを消して、部屋を暗くして、毛布にくるまろう。眠ってしまえば大丈夫だろう。
 だめだ。全然眠れない。暖かくしているはずなのに、なぜか寒い。なんだか不安で、吐き気がする。頭の中でぐちゃぐちゃに言葉が飛び交ってうるさい。静かにしてと壁にぶつけてしまいたい。でも、やっちゃだめ。そんなことして、意味なんてないし。意味? 意味とは、なんだ?

 後ろから人に刺されるのはこんな感覚なのだろうか。驚愕とともに、別世界のものとしか思えないほど巨大な恐怖に襲われて、時が止まっているように思える。でも、それは長く続くわけじゃない。すぐに諦めがやってくるのだ。それにしても、また、前触れもなく突然やってきた。あの日と似ているな。だけど、なんだろう、今のこの感覚は、絶望とは違う。あ。そうか、そうだった。なるほど。私は、本当は、ずっとわかっていたんだった。

 単純なことだったんだ。涙を堪える必要なんてない。悲しいなら、好きなだけ、泣いたらいいのである。泣いたってなにも解決しないけど、泣かなくたってなにも解決しないのだから。そうだ、頭を壁に打ち付けてやろう。うん、ちょっとすっきりした。私は気づかなかった。嘘。本当は、ずっと、わかっていたでしょ? でも、そう思うのが怖くて、だから、理由付けして、考えないようにして。私はずっと、死が怖かった。だから、ただ生きたいと、人生はずっと続くと思い込みたかったのだ。でも、もう、現実から、思っていることから逃げる続けるのはやめにしよう。やっぱり、人生は短い。すごく短いと私は思っている。それに無意味だとも思う。計画性があるのは悪いことではないと思うし、将来を考えることも必要なのだろう。でも、大切なのは今だと思う。今、やりたいことをやればいい。
 認めてしまうことが、こんなにすっきりするだなんて。私は今、いつになく元気だ。だって、短くて勢いのある溜息が出たのだから。それにしても、今までの自分が馬鹿みたいだ。久しぶりに、自然に笑ったような気がする。よし、今日はこれからなにしようか。決めた! 家でゴロゴロだらだらしてみよう。今ならそれをしていても、気楽に楽しく過ごせそうだ。最近流行りのドラマでもゆっくり見よう。お供になにがいいだろう。シリアルなんてもういらない。コーヒーとチョコと、他にはなにがいいだろう、見に行こう。もがくから沈むのだ。力を抜いて寝そべれば、体は自然と浮き上がる。命短し恋せよ乙女。さあ、頑張らずいこう。

 




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Opinions

  1. Post comment

    少し上から目線の心情と挫折。それを経てからわかる開き直りのような前向きさがあるのだろうと思いました。最後はゴロゴロしている様が目に浮かんで微笑ましい気持ちになりました。

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