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本編部門 24 果てしない時間の中で

果てしない時間の中で

ペンネーム:西園寺光彩

人生の失敗が一度だけだったなら、僕は僕自身に失望せずにいられたかな。

 転職をして希望を募らせて入社した会社は、労働法に違反し放題で人間関係も最悪だった。
どれだけ夢見たイラストの仕事でも休憩もなく、長時間の勤務に残業代もでない。
 自宅には寝に帰っているだけ。そんな日々に心身ともに疲弊していった。
 会社に労働状況の改善を訴えても意味がなく、人間関係も悪化していく一方だった。
 入社してから徐々に些細なミスが増えて、自分はできが悪いのだと思うようになった。

もっと頑張らないと、もっともっと頑張らないと、もっともっともっと頑張らないと…

 必死だった。毎日就業時間一時間前の電車に乗っていたのに、次第に出勤時間ギリギリの電車になり、ついに電車に間に合わなかった。
 気持ちが沈んで体が思うように動かないのを無理やり動かして、駅に向かって走っていたら涙が溢れて止まらなくなった。

「頑張らないと、頑張らないと、ごめんない」

 無意識だった。自分があまりにも悲痛な声で言ってるのが耳に入ってきて、涙が止まらなくなった。

「ごめんない、頑張らないと、もう無理です‥‥‥」

 駅の改札は見えたけど足から力が抜けて地面に倒れた。
 手をついて必死に酸素を求めて呼吸をすると意識が朦朧して気がついたときには自室だった。

 心身ともに限界なのに、夢にみた仕事を辞めることができなかった。
 それと同時に自分が出勤しないと他の人に迷惑をかける。
 自分がもっと精一杯頑張れば解決できると思い込んで無理をしたせいで、
心身ともに限界を迎えて家から出ることもできなくなり会社を辞めた。
 
 
 仕事を辞めてから一年が経ったけど、何も変わらない。
心がからっぽで何もなくなってしまったようだ。
 冬は草木が眠りにつき、春に蘇生するように美しい花を咲かせるように
僕の心も蘇生できるかな。
 温かくなってから外に出るようになったけど、これまでのようにショッピングモールに
洋服や雑貨を見にいくことができなくなった。
 行けば周りの人たちは仕事をしたり、家庭を持ち、夢を成功させていたりと順風満帆に見えて、
云い知れない孤独と不安が迫って来る。
 それが辛くてできるだけ人の少ない場所を目指して放浪するようになった。
 そして見つけた。自然に囲まれた場所にひっそりと協会の形をした図書館を。
 館内に入ると二階建てで中央は吹き抜けになっていて、中央に読書スペースが設置してある。
 海外の図書館の写真でしか見たことのない館内は、神秘的にも見えて胸が高鳴った。
忘れていたはずの鼓動の高鳴りに胸をそっと抑える。
 幼い頃は絵本をじっと見て空想の世界に入り浸っていた。それから小説やエッセイ、詩集を
よく読むようになった。
 館内の本棚を一通り見てから図書館をでて、表札を見ると「幻想図書館」と表札があった。

「狐に見せられた夢だったりして‥‥‥」

 次の日にもう一度、図書館に行けば確かに存在した。
 静かな館内に入れば、みんな目の前に並んでいる本の物語に夢中になり、また他の世界に旅するために物語を探す。
ここは僕にとって唯一安心できる場所。誰も気にせずにいられる。
 
 
「三冊ですね。1週間の貸し出しとなっておりますので、期日までに返却お願いします」
 
 
 
 館内を出ると視界いっぱいに広がる草木の中から小さい何かが飛び出してきた。
 
 
「……リス?
自然豊かな場所だとは思ってはいたけどリスがいるのか‥‥‥」
 
 
リスが駆けだしたのを見て反射的に後を追ってしまった。
よく童話で動物の後を追っていったら異世界が的なことがあるなんてないよな…。
いや、あった。図書館の裏に地下に続く階段が。

「リス君。君は導きし者なのかな」

 地下に続く階段横にスチール製の立て看板に『純喫茶 星月夜』と書いてあるところから、
喫茶店なのは分かるが地上から見える地かの扉は木製で中が見えない仕様だ。
 こういうところは、とても勇気がいる。
 するとリスがこちらを見上げて、階段を駆け下りてしまった。
 渋々地下にある扉まで行くと、扉の下の部分にあったペットドアを通っていってしまった。
 扉には「Open」と書かれた表札がかけられている、けど入るのに抵抗がある。
それに現実は、夢物語みたいないことが簡単には起こらない。
 
 
「こんにちは。よければ一杯飲んでいきませんか」

「……えぇ」

誘われるがまま中に入ってみると、店内はレンガ造りでカウンター席と壁側に三組の二人席が並んでいる。二人席に腰を掛け、壁に飾られたゴッホの『夜のカフェテリア』を眺めていると、店主の男性がおしぼりとメニュー表を持ってきた。ネームプレートには『テオ』とある。

「あの‥‥‥店主はゴッホがお好きなんですか?」

「はい、とても好きですよ」

 「世界で私が一番」と、最後に小さな声で囁いたのが少し気になったけど、
笑顔を崩さないままこちらを見る店主から「これ以上何も聞くな」と無言の圧のようなものを
感じたので、それ以上何も聞けずメニュー表に眼を落す。

「あの……この『星月夜』というのを一つ下さい」

「かしこまりました」

カウンターに入り準備をする所作が美しく、見惚れているうちにできあがり、
席に運んできてくれた。

「お待たせしました。こちらが『星月夜』でございます。

 人は、同じことを繰り返していると、毎日が同じ景色に見えてきます。
 けれど、一度だって同じ景色なんてないないんですよ。
間違い探しみたいに違うところがいくつもある。
 誰もが流れゆく時に生きている。草木が芽吹き、新たな生命が生まれる。
「今」を生きて「未来」を生きる。一秒前は過去で、一秒先は未来。
未来を絶望とするのか、希望とするのか、それによって人生は大きく変わります。
 それを決めるには自分自身です。希望を選ぶのか、絶望を選ぶのか
 ゴッホにとって未来は『希望』だったのでしょうか、『絶望』だったのでしょうか
 
 
では、ごゆっくりお楽しみ下さいませ」
 
 
 目の前に差し出されたフレーバーティーは、鮮やかな緋色をしていて、
口の中で広がる香りは、果実のような甘い香りとハーブの爽やかさを感じさせる。
 目を閉じると、どこか遠い過去のような、それでいて懐かしいなにか‥‥‥。
 
 
 
 
 
「なに書いてるの?」

頭上から子供の声がする。辺りからラベンダーの香りや鳥のさえずりが聞こてきた。
錯覚かと思いながら瞼をもちあげると、さっきまでいた喫茶店ではなく、知らない教会と
ラベンダー畑が広がっていた。

「大丈夫?」

 状況が吞み込めずに辺りを見回していると、さっき声を掛けていた少年がこちらを見ていた。

「だいじょ…ぶ…」

と言いたいけど無理だ。なぜなら目の前にいる少年は、
 
 
中学の頃の僕だ。
 
 
 信じられない状況に頭が混乱してまともに働かない。
 どうなっているんだ、さっきまで確かに喫茶店いたはずだ。
 仕方ないので目の前にいる過去の自分に聞いてみる。

「こんにちは。あの、ここがどこだかわかる?」

「うん?ここ?ここは修道院だよ。
それで貴方は何を書いているの」

手元を見ると過去にこっそり書いていた小説の原稿があった。

「この…小説‥‥‥」

「お兄さん、小説書いてるの!すごいな!!」

「‥‥‥全然すごくなんかない。ただ言葉並べただけだし」

「なんで?書けるってすごいよ!!!」

「書けるだけじゃダメなんだよ。認められなきゃ‥‥‥」

「何で認めらなきゃならないの?書くのは自由だよ」

「子どもにはわかんないよ」

「そうなのかな。」

 誰かに認められるために一生懸命やっても、自分自身が認められなかったら
一生掴めない何かに手を伸ばすことにならないかな。

 僕も同級生に自分の絵を「良いね」って言って欲しくて頑張ったことがあるけど、
誰かに認められない時間が続いていくと心が悲しくなっていった。

 でもね。自分で自分を笑顔にしたくて描いた絵は、誰が何と言おうと最高傑作だった。
そこで自分を認めてあげたら、心がいっぱいになったんだ。

 だからお兄さんも「誰かに認められるため」じゃなくて「自分が認められる自分」であって。
そしたら一人、僕の絵を好きっていってくれる人が出たように、お兄さんの小説を好きだと
言ってくれる人が出てくるよ。「大勢の曖昧な好き」よりも「一人の確実な好き」の方が
100億倍の価値があるでしょ」
 
 
 
「そんなことはきれいごとだよ。きっと現実を突きつけられて絶望する。
小説も結局認められて出版社で本を出さないと小説家とは言えないんだよ‥‥‥」

「誰に認められたいの?」

「それは…」

「お兄さん、すごい苦しそうだよ。自分を認めてあげなよ。
自分が苦しくなる頑張り方はやめよう。自分を認めてあげよう。
僕はお兄さんに何があったかまでは分からないけど、苦しくて辛かったのは分かるよ。
だから頑張った自分を否定せずに認めてあげて」
 
 
僕はいつから……

他人の目を気にするようになった?

他人の評価を気にするようになった?

自分が間違った人間だと思った?

自分は出来が悪い人間だと思った?

自分に価値がないと思った?
 
 
いつから。
 
 
「お兄さん。僕ね、誰にも言えなかったことがあるんだ。聞いてくれる」

「…ああ」

「僕はね。絵も漫画を描くことも大好きなんだ。
でも本当に一番好きなのは文章を書くことなんだ。
 これは同級生の誰にも言えなかった。
 僕はね、小学校は不登校で国語も漢字もできなかった。
だから文章はめちゃくちゃで字も汚くてみんなに笑われてきた。
 だから小説家になりたいなんて恥ずかしくて言えなかった。
でも言葉にしないと進まないと思うから僕は宣言するよ

お兄さん。僕ね!絶対に小説家になるよ!」

「そうかよ」
 
 
笑ってしまう。昔の自分はこんなにも真っ直ぐだったのかって、
しれと自分が本当にやりたかったことが、こんな形で思い出させられるなんて
 
 
「……お前なら絶対になれるよ」

「ほんとっ!?信じてくれるの」

「ああ、あんたは必ず偉大な作家になるよ」

「ふふ、楽しみにしてね」

「ああ、楽しみだ」
 
 
 
 
ラベンダー畑と過去の自分が遠ざかっていく。
 
 
 
 
 
「お帰りなさいませ。いかがでしたか?」
 
 
 
 
 
「とても希望に満ちた時間でした」

 




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Opinions

  1. Post comment

    最初は少し思い話かな、と思いましたが、途中からファンタジーの重ね合わせでとても面白かったです。自分の潜在意識との対話というテーマもよかったと思いました。

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