引きこもり文学大賞 本編部門11
作者:「引き込もり」
「それは流石に草」
今日も、いつものようにパソコンの画面に張り付き、キーボードの上を跳ねていた。こんな毎日を送るのも、今日で、今日で……何日になったのだろうか?自分でも分からない。カーテンは閉め切っているため、今が朝なのか、夜なのかすらも分からない。そんなやつに、曜日感覚なんてあるわけがない。引きこもりになりたての頃は、ネット上で繰り広げられる言い争いを見るのは嫌いだったが、今となっては日常茶飯事。どれも僕にとっては関係のないことだが、暇だから見ている。
「だから、さなえたんの声は可愛いって言ってるやろ。」
「俺はあんな声可愛いと思わんわ。耳ついてんのか?それか耳鼻科に行ってこい。」
「引きこもりオタクニートだから、どうせ外出られないだろww」
「ワロスwww」
もちろん、こんな低レベルな会話、暇人しかしない。かくいう僕も、世間の言う引きこもりオタク、いわゆる暇人なのだが……
外から母の籠もった声が聞こえる。
「お昼ご飯、ここに置いておくからね。」
今は昼なのか。母が毎日つくってくれる飯のおかげで、「昼」という時間だけ、かろうじて確認出来ている。こんなの狂っているよな。僕もそう思うよ。僕はネット上の友達、いわゆるネッ友に「放置」と一言残し、ドアの方へと向かった。
今日の昼飯は、ご飯と漬物、紅鮭だった。もし、いじめが原因で引きこもりになっていなかったら、このご飯は、家族と食べていたのだろうか。そんなことを考えていると、階段の下から父の声が聞こえてきた。どうやら僕のことを話しているらしい。批判的な父に対し、僕を擁護してくれる母の声は震えていた。なんだか胸が苦しい。しかし、僕はそんな母の声を聞いても、外に出ようとはしなかった。いや、出来なかったのだ――
昼飯を終え、再びネットゲームを始めた。ここでなら、現実を見なくて済むだけでなく、忘れられるような気がする。ゲームの内容は、共通の敵をチームで倒す。たったこれだけ。たった、これだけなのに、ものすごく楽しいのだ。まず、必殺技を出すときに出てくるエフェクトがかっこいい。僕のアバターの背後から水色の炎が出てきたと思えば、それが頭の上に集まり、左右から火の球を撃っていく。一回の攻撃で入るダメージは六千。中ボスくらいなら三回で倒せるだろう。それから、仲間と協力してストーリーを進めていくのが楽しい。「仲間」との「協力」、それは、学校で求められること。しかし、学校に行っていない僕でも、ネットではそれが出来ている。それを理由にしているわけではないが、そう思い込むことで、学校に行かなくても大丈夫だと思っている節はあった。
「おーい、聞こえてる?次のダンジョン行ってもいいかって聞いてるんだけど。」
いけない。考え事をしてしまっていた。
「ごめん、行けるよ。」
今は「ここ」が僕の唯一の居場所だから、大切にしていかなければ。この人たちにまで置いていかれたら、僕はもう――いいや、そんなことを考えている暇はない。今はただ、画面の奥の世界に集中すれば良いのだ。僕は無心で必殺技を連打した。
「なぁ、勇者ってさ、どんな顔してるの?」
ある日、唐突にこんなことを聞かれた。どんな顔……自分でもあまり気にしたことがなかったため、画面の右端の黒いところで自分の顔を確認してみる。左端からゆっくりと映されていく自分の顔を見て、ゾッとした。首はストレートネックというやつになっているし、目は死んでいて、口角は下がっていた。しかし、ネットでならいくらでも偽ることができる。僕は普通くらいの顔だと答えた。
「へーそうなんだ。俺さ、魔法使いには実際に会ったことあるんだけど、勇者と狩人には会ったことないんだよね。」
いつの間に二人で会っていたのか。きっと、天使と魔法使いは現実でも明るい、いわゆる陽キャというやつなんだろうな。
「天使、かっこよかったよ。モテる大学生って感じ。」
「まあね。俺、大学でモテてるし。」
天使は、自分で言うなし、とツッコミを入れていた。それにしても、天使と魔法使いが大学生だったなんて思ってもいなかった。僕は、てっきり高校生くらいかと思っていたのだ。確かに、改めて声を聞いてみれば、高校生にしては大人すぎるか。
「俺もお前らに会いたいんだけどさー、まだ高校生だから親に言われんのよね。」
「あーね。今何年なの?」
「三年だから受験終われば会えるよ。」
「あーおけ。勇者は?」
やはり、狩人も僕より年上だった。さて、何と言おうか。もし年齢を詐称したとしても、いずれバレてしまうだろう。となると、正直に言う方が良いのだろうか。しかし、年齢の差で仲良くできなくなってしまったら……脳内でぐるぐると渦を巻いている僕に追い討ちをかけるように、再び、何歳なの?と聞いてきた。どうしてか、本当は最初から年齢を知られていたような気がして、僕は正直に「中三だよ。」と答えた。誰かが次の言葉を紡いでくれるまで、そう時間はかからなかった。
「ほーん、そうなんや。学校には行ってないの?」
「う、うん。あんまり馴染めなくてさ。」
ああ、今度こそ本当に嫌われてしまうかな。そんなことを考えている自分がいながらも、正直に答えてしまった。最近、僕の脳はおかしい。心では嫌われたくない、答えたくないと思っているのに、頭の中にいる僕がそうさせてくれないのだ。脳の中心あたりに大きな部屋みたいなものがあって、1つだけ置かれている椅子に僕がぐったりして座っている。そして、まるで、嫌がっている心の中の僕を嘲笑うように、気持ち悪い笑みを浮かべて「〇〇だよ。」と正直に答えやがるのだ。それでも、
「へー意外。コミュ力あるから友達おるかと思ってた。大丈夫だよ、俺も中学んときそうだったから。」
と言ってくれるネッ友のおかげで、全てどうでも良くなってしまう。ネットの力って、凄いよね。
「ねぇ、今日はどこのダンジョン行く?」
「別にストーリー進めなくてもよくね?最近目疲れてるんだよね。」
「あー、じゃあ放置でいけるパーティ組む?」
「おけ、それにしよ。」
どうやら、今日は自分たちでアバターを動かすのではなく、放置していても自然と動いてくれる設定で進めるらしい。喋り相手がほしかった僕にとっては、少し寂しかったが、これも1つの「協力」であると考えて、ぼーっと画面を眺めていた。
ゲームでは今も、ハッ!トウッ、ヤッ!といったアバターたちの音声が流れている。自分で動かさなくても、キャラたちが勝手に動いてくれるなんて、時代も進化したなあ、なんて十五年しか生きていない身体で考えていると、急に画面がフリーズし始めた。僕のパソコンのスペックがいけないのだろうか?何の前触れもなく訪れた静寂に、僕は戸惑った。長い間音を聞き続けていたから、耳鳴りがする。この状況に耐えきれなくなった僕は、マイクをONにして、フリーズしたね、と声をかけてみた。
「勇者のPCもフリーズしてるの?どうしたんだろうね。」
真っ暗で無音の世界に落とされたネッ友の声は、いつも以上に安心感を与えてくれた。
「俺のもフリーズしてる。バ、グググ……か、な?なな?」
狩人の声もおかしくなっていた。ズズズズというマイクの音とともに途切れては聞こえ、途切れては聞こえを繰り返している。
「狩人、回線悪いの?それとも、ゲーム自体がエラー起こしてるのかな?」
どれだけ待っても狩人の返事はなかった。どう考えてもおかしい。何らかの問題が起きているのは確かだ。そういえば、魔法使いは?先程から話していたのは、僕と、天使と、狩人だけだった。狩人も連絡が途絶えてしまったということは、残るは天使と僕だけ。
「魔法使いも狩人も」
という天使の声に重ねて、僕も
「いなくなっちゃったね。」
と言った。しかし、天使が紡いだ言葉は、予想外のものだった。
「ん?魔法使いも狩人も、二人ともこっちに来てくれたんだよ。後は勇者だけだよ。」
え……?こっちって何?
「何……やめてよ、天使。ドッキリ?」
僕は、硬くなった表情筋をどうにか動かし、半笑いをしながら尋ねた。ドッキリだよ、って、たった六文字で良いから、答えてくれ。お願い、お願い、お願い。しかし、僕の期待は一瞬で裏切られた。
「ドッキリなんかじゃないよ。ドッ、キキキ、リなんか、か、あるわ、けな、いじゃん。」
ああ、もう駄目だ。心の底からそう思った。しかし、何故こうなった。何が、僕のネッ友たちをおかしくさせた。僕もああなるのか?嫌だ、嫌だ、嫌だ……止まらない思考の中で思いついた、僕がとれる最善の行動。それは逃げることだった。ドアの外に逃げれば、きっと大丈夫だろう。第一、ここは僕の家だ。それに、こっちに来てって、どうやるつもりなんだ。僕はフリーズした画面から目を離さないようにしながら、机と身体を離していこうとした、が、間に合わなかった。一瞬にして、画面の中から一本の腕が勢いよく伸びてきたのだ。頭が真っ白になりながらも必死に引き剥がそうとしたが、無駄だった。真っ白で非力な腕なのに、こんなにも簡単に引っ張られてしまうなんて。幸いなことに片腕は無事だったため、窓の窪みに手をかけ、こちらも必死に抵抗した。痛い。両腕が引きちぎれそうなほど痛い。すると、あちらも抵抗されるのは予想外だったのか、もう一本腕が伸びてきて、窓の窪みに引っ掛けていた方の腕をがっしりと掴まれた。今度こそ本当に引きずり込まれる……僕はもう、あぁっ……ああぁ、と情けない声を出すことしかできなかった。そうして僕は、パソコンの向こうの世界へと引きずり込まれた。そこにいたのは、僕の予想していたネッ友ではなく、不気味な笑みを浮かべる、僕と同じくらいの背丈の機械たちだった。