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文学大賞 本編部門37 次の予定まであと何日 作者 ユウ

引きこもり文学大賞 本編部門37

作者:ユウ

 靴屋の前にある1人掛け用ソファーに座りながら、靴屋に入るか否かを悩んでいる。店員が店に客を呼び込もうと大きな声で「いらっしゃいませー!」と発している。
 既に帰ろうかなと思っている。
 引きこもりを拗らせた私は中々思うように外出が出来ないでいた。久々の外出で大型ショッピングモールの人混みに既に疲れた私はソファーから尻が離れない。秋になり長袖を着ていた私は目線を袖先に向ける。大型ショッピングモールだから私のような者でも人並みに紛れる事ができると思ったから来た。しかし、久々に外出をした私の格好はみずぼらしく感じる。私の思い込みかもしれないが通り過ぎる人々の中には、大人らしいメイク、清潔感のある髪型、まとまった格好に汚れの無い靴。
 私は余所行き用の靴が欲しかったんだった。
 志半ばで折れかけていた私は、そうだこの為にここに足を運んだんだと思い直す。
 惜しむ気持ちもありながらソファーからようやく離れ、意を決して靴屋に入った私は沢山の靴に目を回す。店員と目が合ったが私がさっと逸らしたからか、店員がこちらに来る事は無かった。
 洗えばいい話だが白は汚れが目立ちやすい。どちらかといえば推しのカラーである濃紺がアクセントの靴にしてみようかな。 私は、推しているグループのライブに行くために靴を買いに来た。
 服はネットで購入した。この為に鞄も新調した。チケットは2か月前に当選のメールが来た。
 引きこもりなのにどこから金を用意したかというと、半年前まで約1年働いていた会社で貯めたお金で地道に購入していっている。
 私は辞職してから4か月ほど経ったある日、希死念慮に駆られていた。身体はろくに動かなくて何だか呼吸するのが苦しい。ずっと涙だけが流れてくる。SNSで無意味に【消えたい 自殺】など検索して似たような人を見つけてはぼんやりと読んでいた。
 途中で人の投稿を見るのも嫌になってタイムラインを更新してからもう寝ようと思い、スワイプした。すると、私の推しているグループがライブをするという情報を得た。全国ツアーをするらしく、私の電車で行ける距離のホールにも来るそうだ。私の複雑でこんがらがっている頭は必死にこの情報を噛み砕こうとしている。脳裏に響く声は、今でも身体は動けないのにどうやってライブに行くの? と言っている。こう言ったのは他の誰でもなく私の声だった。
 仕事を辞めてする事が無くなったはずなのに、働いていた時より推しの新たな情報を得る時間が減少していた。推しの情報を知ってもその半分は実際に店舗を構えてのイベントだったりするので、行けない私からするとこの情報は勝手ながら少し気分が下がってしまうものであった。
 しかし脳裏に居るもう1人の私は僅かな希望を見出していた。もしライブのチケットが当選したら、この希死念慮も引き延ばして何とかその日まで頑張れるのではないかと尋ねてきた。私はその声の方に応じた。そしてチケットは当選した。
 それから私は少しずつ目標を密かに決めていく事にした。
 ネットで購入した服が宅配便で届くまでは生きていよう。海外のサイトで購入した鞄が届くまでは生きていよう。以前よりアイブロウが綺麗に描けるようになるまでは生きていよう。靴もネットで購入しようと思ったが靴をネットで購入するのは履き心地とか分からない面もあるから、実店舗で購入しに行くまでは生きていよう。今はこの段階である。ちなみに靴を買いに行く日は動けない日があって2日ほど予定が遅れた。この次の段階は、チケットを発券できるライブの3日前までは生きていよう、というのとライブに行くまでは生きていようである。
 その先は何の予定もない。

 靴を購入できた私は少し浮かれている。あとは2段階頑張ればいいだけだ。よし、と心の中で自分を奮起させる。
 私の近くで話し声が聞こえその声に意識が向くと、恐らく就職活動中であろうリクルートスーツを着た2人の学生が話しながら私の横を通り過ぎ去ろうとしていた。
 もしこの2人が専門学生なら私と同じ年齢だろう。
 ふと高校の同級生である専門学校入学を目指していた友人を思い出した。今は中々連絡を取らないその友人もこういう風に就職活動をしているのだろうか。

 私は就職する前までは、就職したら推しのグッズを買おうとか、服をいっぱい買っちゃおうとか色々想像を膨らませていた。いざ就職し働き出すと、ただでさえ物事を考え頭の隅に置いておける容量の無い私は忙殺されパニックを起こしていた。案の定、要領の得ない私は上司から糾弾された。
 私の横を通り過ぎる2人を眩しいものから逸らすように顔を背けた私の心の中では、高校の同級生の友人に対して未だに仕事を辞めた事を言えない後ろめたさを抱えてはいるが、さっき通り過ぎた2人は別に私の友人ではあるまいし、顔を背けなくても見知らぬ私が認識されるはずは無いのに。

「久しぶり。随分会わなかったね」

 私の右肩を軽くとんとんと叩き、そう声をかけてきたのは隣近所に住んでいる、特徴的なおかっぱ頭で美容室で金髪に染めているのがトレードマークの老女、田中さんだった。

「こ、こんにちは。ええ、そうですね」

「最近見ないけど何かあったの? 今は何をしているの?」

「私は……今は療養中です」

「じゃあ仕事は辞めちゃったの? もったいない。何の仕事にしろ、どんな仕事にしても手に職をつけないと! あたし、あなたが就職先決まった時にも言ってたでしょう」

「はい。……そうですね」

 以前、そろそろ私が就職活動をしている時期と田中さんは知って、田中さんが母にどんな現状なのか尋ねてきた。そして私が事務職で応募した会社から内定をもらったことを私の母は田中さんに言ってしまい、そこで田中さんに火をつけてしまったのだ。私と母はその時外出をしなければならない用事があって家を出たところ、偶然家を出たところの田中さんが私たちと目が合った。
 私が応募したのは事務職と母が伝えると「女は手に職をつけないと」と何度も繰り返し、母が田中さんを宥めて話が流れた後に母が「用事があるので」と言いそこで話が終わっていた。
 田中さんが手に職をつける事にこだわっているのは、自分自身も手に職をつけているからだ。田中さんの夫が亡くなり専業主婦の田中さんはお金に困ると思いきや、田中さんが若い頃からの趣味だった洋裁を、老後である今も続けており創った洋服をどこかの店に置いてもらっているらしく、そう自慢げに私たち母娘に言ってきた。

「手に職をつけないと上手くいかないって……あら、よしえさんだ。よしえさん、また会ったわねぇ!」

 そう言って話の途中で田中さんは知人の元へ去って行った。去る姿を見つめながら徐ろに口元へ手を持っていく。力の入った微笑を口の辺りに浮かべていたが、私は上手くできていただろうか。
 田中さんが去った今も、私は貼り付けた微笑みを崩す事が出来ないでいた。

 1か月後のライブ当日に、私が生きているかなんて今は想像ができない。ましてや今日なんて特に想像ができない。今夜寝る前の私は、普通に日課のSNSを見る事ができているのだろうか。

 喧騒としたショッピングモールの中、近日中にこなす事ができる程度の予定を、私はまた立てようとしていた。

 




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