文学大賞 短編部門09
作者:ふき
(今年もまた会えた)
そんな思いで心が満たされた。庭でヤモリを見つけた話である。庭というよりも、庭側の窓にはりついていた。近くでよく見ると、窓と網戸の隙間に潜り込んでいる。もしかしたら挟まって動けないのではないか。そう思って窓を開けるようとすると、さっと飛び降りて逃げ去った。驚かすつもりはなかったのだが、いらぬ邪魔をしてしまった。
毎年、私の目の前にはヤモリが現れる。季節はばらばらだが、一年に一度か二度は必ず見かける不思議な存在だ。私は家にいることがほとんどだから、おのずと家の中での目撃が多い。どこかの隙間から入り込むのだろう。一度は夕食中にふと上を見上げたら、ダウンライトの電球にぶら下がっていたこともあった。神出鬼没でなかなかに楽しませてくれる。
ヤモリといえば、以前は祖母の家の玄関の壁や天井でよく姿を見かけた。祖母は心優しい人で、たまに顔を出すと、何を言うこともなく微笑みを浮かべて出迎えてくれたものだった。いつだったか、帰り際に玄関で天井のヤモリを見上げる私を呼び止め、「これ、少ないけどな。何かの足しにして」と一万円札が入った封筒をくれたことがあった。兄弟の中で働かず、家庭を持たないのが私だけだったからだろう。生きることに罪悪感を抱えていた私は、祖母の心づかいにどれほど救われたことだろうか。まだ私に期待してくれている人がいたのだと慰められたものだった。そんな祖母も一昨年に亡くなってしまった。私を色眼鏡を通さずに見てくれた人だった。もっと話を聞いておけばよかったと心底思う。
ヤモリは家守と書く。家の守り神である。だから私の前に現れて「僕が家を守るからね、君は外に出たっていいんだよ」と優しく促してくれている気がしている。出会えるたびに幸運な気持ちになる。明るい兆しを感じさせてくれる。