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文学大賞 本編部門14 comori 作者 蛇煙(だえん)

文学大賞 本編部門14

作者:蛇煙(だえん)

  僕はいつも、家族が帰ってきた車の音で目を覚ます。少し開いているカーテンから光が差し込むことはなく、外はもう暗くなっている。
「ごめんなさい」
 小さな声で、ベッドの中で丸くなりながらそう呟く。少しだけ、許されたような気になれるから。そのまま僕はベッドから出ることはなく、そのままうつらうつらとしながら夢の世界と現実を行ったり来たりする。

 コトッ

 扉の向こうで小さく音がした。その音を聞くと、どうしても体が強張ってしまう。
「ああ、ごめんなさい、ごめんなさい」
 階段を下りていく音に向かってまた小さく呟いた。

 僕が急に部屋から出られなくなって、気付けば2年ほど経っていた。
 家族が僕の部屋の前に夜ご飯と、それから朝食(手軽に食べられるパンやおにぎり)をおぼんに乗せて置いてくれるようになったのはいつからだっただろう。

 僕の家族は父と母、あとは弟がいる。皆、朝から仕事に向かい、夕方か夜には帰ってくる。2年前までは僕も同じ生活をしていた。そして、急に部屋から出られなくなった。

 出られない、といっても最低限、トイレと風呂(数日に一回)と、あとは昼間は誰もいないので、その時間に目が覚めたら下の階に下りて愛犬の太郎を撫でる。僕の唯一の楽しみでもある。

 成人して、就職をして、そこまでは上手くやっていたと思う。学生時代も特別目立つことはなかったが友人もいて、楽しくやっていた。家を出る予定もなかったので、実家から車で10分のところにある靴屋に就職した。学生時代にも接客業のアルバイトをしていたので、たまにクレーマーのようなお客さんがいた以外、あまり苦痛だと感じたことはなかった。

 本当に急なことだった。朝、うるさいアラームに起こされて、ああ、仕事行かなきゃなあと起き上がり、それから部屋を出ようとして、急に足が動かなくなった。
ストレスがひどかった時期のことを、強制的に脳が忘れさせてしまうことがあるらしい。それを聞いた時、人間ってよく出来てるんだなあ、とかそんなことだけを思ったのを覚えている。

 足が動かなくなってからのことは、ぼんやりとしか覚えていない。確かその日は仕事を休ませてもらって、気付いたら仕事を辞めることになっていた。それから心療内科にも通って薬を飲んだり。「うつ」だとか「ストレス」だとか、色々とカウンセリングで話をしてくれた女の人の、丁寧な言葉遣いだけ覚えている。

「最近は、ね。多いんです。ストレスを一人で抱え込んでしまって、それでしんどくなってしまう方って。優しい方ほどうつになりやすいところもありますから」

 それから薬は効くことはなく、カウンセリングも特に効果を感じられなかったことと、思ったよりもお金がかかることを知って病院には行かなくなってしまった。外に出る用事もなくなってしまい、僕はどんどん部屋に引きこもるようになり、今に至る。

 生活は完全に昼夜逆転してしまっていて、深夜が主な活動時間になっていた。活動といってもだいたいは横になって、ひたすらスマホをいじって時間を潰し、現実逃避をしているだけだ。
 動画アプリを眺め続けるのにも疲れてきた。ゲーム、という気分でもない。何か新しいアプリでも入れてみようかと思い立ち、どういうワードで検索をするか少し悩む。そういえば、SNSで少し話題になっていたアプリがあったなあと思い探してみると、それはすぐに見つかった。

『comori』
 アプリのページには、引きこもりの人間だけ使えるアプリ、と書いている。SNSでフォローしていた同じような引きこもり状態にある人がおすすめしていたものだった。とりあえずインストールして、簡単な登録を済ませる。
 性別や年齢は設定する必要がないらしい。僕自身のアプリ内のアイコンには犬の絵が表示されている。心なしか太郎に似ているようで少し嬉しい。
 自己紹介も書いても書かなくても良いといった感じで、ひとつだけ掲示板のようなものが表示されていた。

 思っていたよりも使っている人が多いらしい。分単位でどんどん書き込みが流れて来る。

『今日も部屋から出れなかった。社会のゴミだ。申し訳ない』
 ふと目に留まったその書き込みを見て少し泣きそうになった。そんなことないよ、だいじょうぶだよ。そう伝えたくなる。
 返信欄を見てみると励ましの言葉で溢れていた。

『ゴミなんて言わないで。書き込みをしてくれてありがとう。お互い今日を生きただけで十分だと思おう』
『君が存在してくれていること、勝手にありがたいと思ってるよ。ゴミなんていわないで』
『申し訳ないって気持ち、なかなかなくならないよね!!無理はしないで。どうにかやっていこう、大丈夫!!』

 気付いたら涙がぼろぼろ流れ出していた。自分でもびっくりして慌ててティッシュを数枚とって拭う。視界が良くなるのを待ってから、返信欄へ書き込みをする。

『初めまして。僕も自分のことを社会のゴミだって思ってた。でも、ここの人たちは優しいね。きっと、君も僕も、ゴミなんかじゃない』

 震える手でどうにか打ち込んだそれが正解なのかは分からない。書き込みをした人のこと、何にも知らないから。
 でも少しだけ心が軽くなった気がした。

 どうにか、どうにかやっていこうね。どうにもならなくなるその日まで、僕も、君も。
 




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