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文学大賞 本編部門06 音楽”家” 作者 窓際

文学大賞 本編部門06

作者:窓際

今日も引きこもりだよ、ずっとこの曲が完成しないんだ。
僕のお気に入りのワンフレーズをずーっと聞き直しているせいで、全然進まないんだよ。
要するに、自分の音楽が好きなんだ。

お腹が空いたら、音楽を聞けばいい。いい音楽なら、ずっと聞いてられるさ!空腹を忘れるほどにね。
でも空腹も良いもんだよ、そんな時に作った音楽はおどろおどろしていてすっごく芸術的なんだ!

眠くなったら、音楽を聞けばいい。いい音楽なら、ずっと聞いてられるさ!眠気を忘れるほどにね。
でも眠気もいいもんだよ。そんな時に作った音楽はふわふわしていてすっごく芸術的なんだ!

でも僕の部屋にはありったけの菓子があるし、いつだって寝れるんだ。最高だよね!
 
 
今日も引きこもりだよ、ずっとこの曲しか聞いてないんだ。
僕が作った音楽が良すぎるせいで、全然、他の人の作った曲が聞けないんだよ。
実を言うと、他人と比べるのが怖いからなんだけど。
他と比べなければ、いつだって僕は一番になれる!だって僕しかいないからね。誰かが負けるなら、勝負をしない方がましだ。
外を歩かなければ美貌だって関係ない。ネットを見なければ美貌だって関係ない。音楽だけが好きで好きで仕方ない僕だって気にするさ!だって散々馬鹿にされてきたからね。ダサい!ブス!わかってるさ。
 
 
今日も引きこもりだよ。見ろ!このノイズキャンセリング機能がついたヘッドホン。家の中がうるさいから、誕生日プレゼントに買ったんだ。でも金がなくなった。いつか、音楽で食べれるようになるといいな。
でもそのためには、音楽を作るソフトを買わなくちゃいけないんだった!無料のやつは、不便ったらありゃしない。
 
 
今日も引きこもりだよ。と言ってもバイトを探してるんだけど。その点、インターネットという海の中では僕はもう引きこもりじゃない。でも外の世界はつまらない。理解するのにいちいち疲れるし、欲しいものはすぐ出てこない。探すのに疲れているんだ!
大体、要求が多すぎるんだ。この僕がどうして人と会わなくちゃいけないんだ!どうして人の言うことを聞かなくちゃいけないんだ!
 
 
今日も引きこもりだよ。なんで落ちるんだ!
僕の音楽は素晴らしかったというのに、なぜ評価されないのか!
賞金を目当てにしていたのに。
悔しくて、入賞した他人の曲は聞かなかった。
 
 
今日も引きこもりだよ、見て、このヘッドホン。この電車は人だらけでも、音楽は僕を独りにしてくれるよ。
そうだよね?
 
 
 
 
音楽の中に住む。ずっと引きこもる。
 
そうしたかったけれど。
 
本当に次の駅で合っているだろうか。もしかして間違えているのではないだろうか。
ノイズキャンセリングをオフにする。
ガタンガタンという音と車内のアナウンスが僕を音楽に集中させてはくれなかった。
 
電車から降りなきゃいけない時、人が邪魔だ。動きたくない。あまりじろじろと見ないでください。

電車から降りた時も、人が邪魔だ。人は早足で僕なんか居ないかのように、皆、僕を置いていく。全員僕の都合なんてどうでもいいんだ。ああ、邪魔だ。僕の前に立たないで欲しい。分かりきっているけど、しばらく見なかった人の群れを見て気持ちが悪くなった。
 
 
「社会に出るという事がどのような事か分かってるの?」「次からが無い世界でそれは許されないよ」「説明してください」「言われたこと以外やらなくて良い」「ぼーっと立ってないで」「邪魔」「どいて」「黙ってないで」「遅い」「いらない」「うざい」「いらつく」「いなくていい」「死ねばいい」「死ねば」「死ね」「死ね」
 
 
 
 
僕は遅刻をしたみたいだ。
金なんていらないから、できればもう行きたくない。
 
家に帰ると、家族がいた。
お疲れ。頑張ったね。今日の夕飯はカレーライス。スーパーでいちばん高いやつ。よくやった。
何も知らない人達。
全部お前らのせいだ。
いや、僕が悪い。
僕が全部悪い。
わかった。
邪魔だ。
帰る。
 
 
「話、聞くぞ?どうしたんだ。また、なんかやったのか?」
僕の肩に生ぬるい手が触れて途端に僕は早足にそれを振り切る。
「言わないとわかんないだろ!」
背中に刺さる怒号。
 
 
情けなくて、申し訳なくて、どうしたらいいかわからなくて、それでもこれ以上頑張りたくなくて、布団にもぐっているけど、何も解決しなくて、どうしようもない。
全部が僕に対して敵になっている。
もうたくさんなんだ、誰も僕なんか見てくれないし、誰も助けてくれないし、誰も要らないよ。
 
 
今日も引きこもりらしい。午後になっていて、それでもカーテンの閉められたこの室内は僕の心みたいに暗かった。
 
 
今日も引きこもりだ。なぜか今日になっていて、それでもまだ何もしたくない。時間だけ確認してまた寝る。
 
 
今日も引きこもり。何もないし、何も要らない。けど、少しお腹がすいた。いや、すごくお腹がすいているのかもしれない。重くて、体は直ぐには動かないけれど、菓子パンに辿り着いて、少しずつ菓子パンを食べた。
 
 
今日も引きこもりだよ。もう全部どうでもいいから、退屈だ。なんとなく作曲を始める。

こんなにも美しい旋律が描けるのに、僕自身は全くもって美しくない。音楽の中に僕はいないけど、僕は音楽を作れる。僕のいない世界ができる。僕のいない世界に恋してる。僕がいない世界を愛している!
そこに僕はいない。

でも、僕しかこの曲の良さをわかってくれない。
どうしようもない。
 
 
今日も引きこもりだよ。

僕は死んでしまって、家族が勝手に僕のパソコンの中を覗いている。
怪訝な顔をしてファイルを開けていく。
もうやめてくれ。
その次に、あるmp3ファイルを開く。
その曲は。
僕が作った中でもかなり気に入っている。
この曲を聞けば、僕のことを少しでも見直してくれるかもしれない。
きっとそう。
そう、思ったのに。
「最近の曲は分からないな」
「何が良いんだろう」
「変な曲」
「よくわからない曲」

僕の見ていた夢はこんな風に終わって、やるせない気分で目が覚めてしまった。
 
 
今日も引きこもりだよ、何もない。
僕は社会からも、家族からも、誰からも必要とされていなくて、僕の音楽も誰からも必要とされていなくて、何もないけど、本当は何もなくはない。家族が急に死んだら、僕はどうしよう。責任とか、やるべき事とか、わからない。
でも心地いいんだ、現実から逃げる度に曲ができて、忘れることができるんだ。ああ、でもそれはなんにも解決しない。

でも布団がふかふかで、それもどうでもいいと思えた。

今日は曲を作ろう。
そしたらきっと楽しい。
 
 
今日も引きこもりだよ。
なんとなく、前に投稿した動画を見に行ってみる。
2年前に投稿した、いちばん古い動画。
僕の音楽が流れる。
音楽を作っているうちに、僕は成長していたみたいだ。たくさんの音を使えるようになった。
でも過去に作った、シンプルで素直な曲も、僕は好きだ。
 
〜♪
僕は音楽を聴いた。
曲の終盤で気づいた。コメントの数が2つになっていたんだ。
1つ増えていたんだ!

「なんかいい。」

僕の曲、聴いてくれたんだな、なんて思って、なんかってなんだろう、って思うけど、それでも、それでよかった。
僕を褒めてくれてよかった。
 
 
 
今日も引きこもりだよ。
風が心地いいね。
そうそう、コンビニに菓子パンを買いに行こうと思って。
見て、このヘッドホン。
音楽はこの世界を、僕のものにしてくれるよ。

 




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Opinions

  1. Post comment

    「絵を描くのは趣味」と割り切るためにもがいてきた自分には、かなり刺さりました……
    文章にリズム感があるせいか、なんとなく「もう1回」という気分になって、何度もページを開いてしまいます。
    窓際さんの曲も、なんとなく何度も聞いてしまいます。

    Permalink
  2. Post comment

    明るい調子でつづる文体の中に、ないまぜになった葛藤と苦悩、それを客観視する自身の姿が垣間見えるようでした。
    ひきこもり当事者にとって、世間や家族の説教は百も承知で、本当に聞きたい言葉はそれではないのだと再認識しました。
    社交性を強いられるのがつらい。世間が用意した「型」に自分を嵌めることが、どうしても耐え難い。
    そうした気持ちに誰かが寄り添ってくれれば、こうまで生きづらくはならなかったのかもしれませんね。

    他者からの承認は甘い毒のようなもので、得られないと苦悩するのに、簡単に得てしまうとそれはそれで人生が破壊されてしまうこともあります。
    少しずつでもできることが増え、一人で大丈夫なんだと思える日がきたらと、願ってやみません。

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