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文学大賞 本編部門10  おとぎの哲学 in お布団。 作者 藤路 千夢

文学大賞 本編部門10

作者:藤路 千夢

「おはよう。愛する”きみ”」

 その声はある朝、いつも通りの部屋に柔らかく響いた。
 太陽が昇り、鳥が囀り、寝癖をおさえながら布団をめくると、いたのだ。

 近所で見かけた小型犬くらいのサイズ。
 脚はちいさく、野生動物とも人工物ともいえないふわふわとした綿毛が集まったような柔らかい巻毛。
 前頭部の毛からのぞく瞳は宇宙を映すかの様にプリズムしながらこの世の希望や明るさを抱え、やや恥ずかしそうにこちらを見つめ
 いる。いるのだ。ちいさな”ひつじ”が。布団の中に。

「はじめまして。”地球”のアニマル、”ひつじ”のすがたをしていますが、”宇宙”からきました。”きみ”と話をしにきました」

 頭をフル回転させる。未知との”そうぐう”だ。
 考えた結果、”賭け”にでることにした。
 話そう。ひつじと。

「よし、そうだな。ええと、はじめまして。まず、”ひつじ”のことを教えてほしい。”ひつじ”の好きなものは?」
「そこにいた星から眺める”地球”が好きです」
「そうだな……。きらいなものはある?」
「ないです。すべてが好きです。”地球”でいう、善も悪も、闇も光も、愛しています」
「そうか……あとは、”ひつじ”の大切なものは?」
「愛と分析と物語です」
「質問は以上、答えてくれてありがとう。答えてくれたことについて、感じたことを言ってもいい?」
「もちろんです。”きみ”と話をしたくて、そのためにここにきました」
「ありがとうね。”宇宙”? から眺める”地球”を見てみたいと思った。ごめん、もっと質問を重ねていい?」
「はい、たのしみです」
「宇宙から見た”地球”ってどんなものなの?」
「とっても壮大で、とってもちいさいです。眺めてると胸がいっぱいになって、このてのひらに乗せているように慈しみを感じます」
「へぇ……、なぜきらいなものはないの?好きなものはあるのに? それって、人間は羨ましいかも」
「なぜでしょう。きらい、という気持ちも受け容れていて、好きだからです。”地球の人々”がなにかをきらい、と思うことも愛しています」
「素敵なことだね。”ひつじ”の回答はこころが元あった場所に落ち着くような、そんな感じがするよ」
「ありがとうございます」
ひつじの目がにっこりと細く微笑むのがみえた。
「愛と分析と……ものがたり? 物語が好きなの?」
「はい。この宇宙のすべては物語と感じます。地球でいうなら歴史も、人生も、生活も」
「捉え方が面白いね。ではこの会話も、”ひつじ”にとっては物語なの?」
「もちろん。愛の物語です」
 
 
“ひつじ”はそう言うと、こちらの腿(もも)の上に背中を向けて座った。脚をちいさくのばし、下から見上げる形で話しだす。
「では、つぎは”大好きなきみ”が好きなことを聞かせてください」

「そうだね……。『夕暮れ』が好きなんだ。この部屋も、あと4時間後くらいに西の窓から落ちていく日の光がみれるよ」
「『夕暮れ』が、どんな風に好きなんですか?」
「すこし……詩的な表現になってしまうのだけれど。夕暮れは……帰路につく、空っぽになった人々の心に赤黄金色の光を流し込む。想像するんだ。善も悪も平等に、街を、空っぽな人々を、透かし照らし、影を落とさせる。その溶かされるような眩(まばゆ)さは……遠くの雪山にまで及んで、山の中の狐や熊の目にも眩しく、時に見つめた眼(まなこ)をじんわりと熱く潤すのだろう。その光景って、本当にあるのかはわからないけれど、ありそうで、世界のどこかで起こっていたら、素晴らしいと思わない?」
「”詩人のきみ”! 想像したら、すこし涙がこぼれました……。”地球”のうつくしさを”きみ”はしっているのですね。」
「そうだよ。”ひつじ”。世界はうつくしいんだ」
「……”きみ”にとって、『世界』ってどんな場所ですか?」
「すべてに『意味』があって、すべてに『価値』のないもの……かな」
「だから、うつくしいんですか?」
「そう、うつくしくみえる。この世界にはいろいろなことがあるけどね、そう、『世界』に『感動』したいからうつくしいと想いたいし、すべてに『意味』があって、すべてに『価値』がないと捉えたい。この心が、だれが、国が、思想が、どうであろうと変わらずね」
「”きみ”の好きなもの、好きです。」
 
 
 想像してごらん むずかしいことじゃない

 不幸という模様の刻まれた鋳型(溶かした金属を注ぎ冷やし固める型)で
 できた幸せという金の鍵で
 銅でできた蔓(つる)のからまる不幸の扉を開けに行く
 そのさきに
 幸せを不幸にしてしまう人類が抱えた不安への深い理解と
 人類が不幸を幸せに変えられる
 人類平和の深い智慧、悟りが待ってると
 信じている

 話し終わると窓の外に目をやり、電柱に止まる鳥のうごきを追う”きみ”を、小さな紙パックのアップルジュースをストローで吸いながら”ひつじ”は眺めていた。
「”きみ”は自分の人生が好きですか?」
「どうして?」
「”きみ”があまりにも、がんばっているからです」
「……ただ、毎日、日が落ちて、部屋をすこしずつ冷ややかな翳(かげ)が覆ったら、未使用のティッシュを丸めながらティッシュにまみれて考えるだけしかしてないのに?……まぁ、”ひつじ”の言いたいことはわかるよ」
「”きみ”。”ひつじ”はこう思います。だれか、とても人生に傷ついたひとがいるとして、そのひとは誰かをすぐに愛することはできなくても、慈しむ(大切に想い、かわいそうに思い、寄り添う)ことはできるのではないか、と」。
「……”ひつじ”が話をしに来てくれたように?」
「そうです。”ひつじ”はこの世でインターネット、本、レジで荷物を詰めてくれるひと、様々なかたちで”きみ”を必要とし、愛し慈しんでくれています」
「そうなんだ。いや、知っていたかな。本当は皆知っていることなんだ」
「”きみ”の詩を聞いて、思い、想像しました。生まれ、生きているという幸せの鍵で、日々、ときに望んで、様々な不幸の扉を開けに行く。幸運と不幸は表裏だと、重ねてより合わせる(糸など、何本かをねじり合わせて一本にする)ことで、人生を知る。それが、ひとの生きる意味ではないですか?」
「皆が皆、それただ一つではないと思うけれど、伝えたかったことを汲みとってくれて、ありがとう」

 “ひつじ”は壁に貼られた、『ポスター』を指差して、輝いた目をより一層、かがやせた。
「”マリリン・モンロー”というと1950年頃のハリウッドでセクシーなシンボルとして有名な人物ですね?」
「そうだよ。セクシーな女性、というシンボルでありながら、地球で史上最大に知られている偉大な女優だよ」
「データはありますが……”きみ”にとって、どんな人だったんですか?」
「そうだね…端的にいうと孤児から世界的女優になったひとなんだ。人気者である裏で…中傷や批判もあったけれど、気品と思い遣りと笑顔を忘れなかった。人々を愛するように……、自分と大切に接し、愛していたひと」
「”きみ”と”マリリン・モンロー”はおなじ時代を生きてはいませんが、”マリリン・モンロー”の言葉や写真、映像を”きみ”は見て、そう感じるのですか」
 “ひつじ”が親指のつけ根をやさしく前脚でつついた。
「宇宙でも自己愛はすべての始まり、大切なことだとされています」
「うん。ねえ、”ひつじ”。これは…想像の神話なんだけど、この宇宙を作った神様……も究極の自己愛で。いずれ神を包み込み、一つになる黄金のとろけた魂を作る為、人間を1から始まるように作った。1は10にくらべれば始まりで、幼く、愛らしい、保護したくなるような、未熟な数字だ。でも、1がないと10にはなれない。だから、人間が生まれて死んでゆくことに本当に罪は無い。1から始まった人間が生み出した『 1 』はこの星に沢山、沢山、溢れているけれど、それはすべて10という神に通じているかもしれない。神さまが神さま自身をゆるし、可愛がり、慈しみ、愛する為に必要な過程……それが”地球” “宇宙”という場所、”ひとびと”なんだと」

「朝よりも昼よりも、たくさん”きみ”の話を聞けて嬉しいです。その思いに答えはありません。少しずつでいいのですきなだけ、想像して、考えて、話してください。」

「そうだね。好きなことを想像することも、それをだれかに話したり、絵にしたり、音楽にしたり、踊ったりすることは、”大切なわたし”としてひとを愛し、ひとに愛されることに栄養を贈るパイプだ」

 ピロリロリ。
 “ひつじ”のからだが写真でみた銀河のように七色に光る。
 その光景がまぶしいと感じて、カーテンも閉めないまま話し込んで、夜が更けていたことにはじめて気づく。
 光るからだを抑えながら”ひつじ”は嬉しそうな、寂しそうな目でこちらをみた。
「……お別れかな、”ひつじ”」。
「はい」
「ありがとう、ひつじ。楽しかったよ。誰かと話す楽しさを思い出せたんだよ」
「”愛するきみ”……。”ひつじ”のことを、”ひつじ”と話したことを……思い出してくださいね。いつも見守っています」
「きっと、忘れるはずないよ」
「ふふ、『愛』をありがとう……”愛するきみ”!」
「うん。”ひつじ”……はやくお帰り」
 “ひつじ”のからだが一層かがやいた。
 
 
「ありがとう──”愛するひつじ”!」
 
 
 
 はい、こちらこそ。

 暗闇にちいさく青い彗星が流れ、そう聞こえた気がした。
 




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