引きこもり文学大賞 本編部門28
作者:多様体に住んでいる者
俺は電子の電我。今は同居人の体の中にいる。
電子とは、人間を構成する素粒子の一つで、水等の原子の周りには電子がいると習ったろう……。電子はゲージ変換という空間の局所変換、すなわち、空間の極小を見て、その中に自由項を導入するという仮定のもと、電子の存在は導かれるのだが、それはまた別の話だ。
今、俺電我は同居人の中の水の原子の一部だ。水の一部なので、位置が定まらない。同居人の体の中を行ったり来たりしているので、気持ち悪くなりそうだ。
そんな訳もあり、俺は、早くこの同居人の体から抜け出したいと思っているのである。
この同居人の体から抜け出す方法はある。光電効果と呼ばれる現象だ。光電効果とは簡単に言ってしまえば、光を当てると、光の運動エネルギーを電子が獲得して、電子が外に飛び出す現象だ。この現象を狙って、引きこもりの俺は同居人から抜け出そうと画策している。
同居人は今、家の中にいる。よし、早く外に出ろ。
ところが、今日、同居人は家から一歩も出ずに、そのまま寝てしまった。
おい、どうした!! 早く外に出ろよ!!
それから先、同居人は次の日も、その次の日も外に出ることなかった。
俺はもしやの仮定を思いついた。こいつも同じ引きこもりだ。最悪だ。なんて運が悪い。
俺は早く外に出て、光のエネルギーを浴びて、出ていきたいんだ。
それから数日経ってから、同居人から声が聞こえてきた。
「はい……。はい……。そうですか……。まだ外に出られませんか……」
同居人の男は覇気のない口調で言う。
「そうだ。人間関係の壁は深い。君は特殊なのだ。」
「そうですか……。とりあえず、敵国のパソコンをハックして、データは得られました。送ります。」
「了解。感謝する。だが、くれぐれも忘れるな。我々は今、戦争状態ということを。そして、君は君がいる敵国のスパイだという事を」
「わかりました。気を付けます」
そう言って、電話は切れてしまった。
俺はだいたい状況が飲み込めた。つまり、こいつは、敵国のスパイで、敵国の地にいるために、外に出られないということか。 何てことだ!! 俺も巻き添えで外に出られないじゃないか。俺は早く、外に出て、光の光子とキャッキャウフフしたいんだ。
男は言った。
「はあ、この専用電話機が動作すればなあ。この専用電話機は俺の敵国の友人につながっている。その友人と話をすればなあ」
電池のない電話機を持ちながら男は言った。
なるほど。敵国の友人を説得して、戦争を終わらせようとしているのか。
それなら、お安い御用さ。
俺は男の中に電気を発生させた。
「うわあああ」
男はしびれ、電話機が作動した。
電話機は男の友人の元へとつながった。
「○○、元気かい?」
「××こそ大丈夫か? 今俺らの土地にいるって聞いたぞ?」
「実はその事で折り入って相談が……」
男はそれから、友人と話していた。
翌日、男の元に電話がかかってきた。
「喜べ!! 戦争が終結した!! これでお前は自由だ!!」
同居人の上司が言った。
「本当ですか!! 良かった!!」
男は喜んで、そして、服を着替えて、外に出ようとした。
やれやれ、やっとだ。やっと外に出れる。電我は思った。
男は外に出た。平和の鐘の音が街を祝福する。
男は外に出て、言った。
「久々に光にあたって、いい気分だ」
男は伸びをした。
上では光にあたった電子が描いた電気の線がピリッと喜ばしそうに一瞬、煌めいた。