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文学大賞 本編部門29 ユキとショウ 作者 蛇雲 葉(だうん よう)

引きこもり文学大賞 本編部門29

作者:蛇雲 葉(だうん よう)

「ショウ、今日はご飯、なんだろうね」
 楽しそうに、ユキがそう問いかけてくる。
「知らないよ。そもそも、お腹も空いてないのに」
 僕はベッドに寝転がってスマホをいじりながら、そっけなく言葉を返した。
「そんなこと言って。また夜中にお腹すくよ」
「……多分大丈夫だよ」

 狭い部屋に、ふたりの言葉が響く。
 ショウの部屋に、突然ユキが現れてから、まだ二週間も経っていなかった。

 学校に行かなくなったのはいつからだろうか。中学1年の最初のほうは、まだ行けていた気がする。
 いじめだとか、何か大きなことがあった訳ではなく、急に行けなくなってしまった。
 無理やり行こうとして、二度吐いた。それから両親に心療内科に連れて行かれて、何かしらの病名がついたけれど、あんまり興味が持てなくて、なんなのかは知らないままだった。

 それから、部屋にいる時間がどんどん伸びていった。最初の頃は、昼間はリビングで過ごしてみたり、夜は散歩に行ってみたりしていたんだけれど、学校に行けなくなった時みたいに、次は部屋から出られなくなっていった。
 風呂とトイレでもう精一杯で、それもできるだけ両親が仕事に出ている時間や、寝静まった深夜にするように時間をずらしていたので、最近は、ほとんど顔を合わせていない。
 食事も、深夜にストックしてあったカップ麺ばかりを食べていることに気付いた母が、部屋の前に、夜の決まった時間に食事を置いてくれるようになった。申し訳ないな、と思ったけれど、それすら伝えられていないままだ。

「スマホばっか見て飽きない?」
「飽きないよ、色んな動画みてるから」
 ほら、と犬がスケートボードに乗っている短い動画を見せてやったら、ユキは嬉しそうな顔をした。
「へえ、それは楽しそう。私も欲しい」
「親に買ってもらったら」
「……親かあ、今度、頼んでみようかな」
 しまった、と思う。親の話になった途端、ユキの表情が曇ったからだ。
 何か別の話題を、と考えてみたけれど、最近人とほとんど喋っていないせいか、元々コミュ障なせいか、楽しい話題が出てこない。
「なんか焦ってる?気にしなくていいよ」
 ユキがへらへらと笑った。僕もそれに合わせることしかできなくて、同じように笑ってみせた。

 ユキが初めて部屋に現れた日のことを思い出す。
 深夜にトイレにいって、部屋に戻ったら、いた。部屋の真ん中に、ちょこん、と座っている、同い年くらいの女の子の存在に、最初はかなり驚いた。
「え、だ、誰ですか」
「あ、ショウ、おかえり」
「え?あ、ああ、ただいま」
 明らかにおかしなことで、どこから来たのか、とか、誰なのか、とか、色々と聞くべきことが頭の中をぐるぐるとしていた。
「ここにいちゃ駄目かなあ」
「え?」
 その言葉を聞いて、急に頭の中がスッキリとした。
「駄目じゃないよ、名前は」
 少女はにっこりと笑って、ユキ、という名前を教えてくれた。
 僕は、ユキについて、本当に名前しか知らないままだった。けれど、楽しく話せる相手ができたことが、純粋に嬉しかった。
 ユキはいつも、深夜に部屋に来る。
 1時なこともあれば、3時前なこともあり、時間はバラバラ。
 だいたい、僕が風呂かトイレで部屋を出て、戻ったタイミングに来ていた。
 お互いずっと喋っている訳ではなくて、僕がパソコンを触ってるときやゲームをしているときなんかは、勝手にベッドにもぐって寝ていたりする。
 朝、と呼べる時間になって、僕がまた部屋を出たタイミングで、ユキは帰っていくのだった。
 ゆるい関係が心地良く、ユキもそう思ってくれていることが伝わってくるのが嬉しかった。ユキが部屋にきてくれるなら、もう一生部屋から出なくたっていい、そんな風に思ったこともある。
「ユキは、いつまできてくれるの」
 ふと、不安になったことが口から零れた。
「ん?いつとは」
「いや、毎日来てくれてるけど、その、忙しくなったりしたら来れなくなるんじゃないかなって」
 ユキは少し考えるような顔をした後、ふふん、と笑ってこう言った。
「ショウが話したいって思ってくれるなら、私はずっとこの部屋に来るよ」
「本当に?」
「うん、本当」
 その言葉を聞いて、ひどく安心した。その日は、僕がベッドで横になり、ユキは漫画を読んでいたんだけれど、急に眠気がやってきてまぶたが重くなる。
「おやすみ、ショウ」
 遠くで優しい声がして、僕はそのまま深く眠った。

「これだけは飲んでって、お母さん言ったよね」
 夜のまだ早い時間、僕は母からの説教を受けていた。
「ごめん、忘れてて」
「今日からは、ちゃんと飲んで。お願いだから」
「……分かった」
 久しぶりに顔を合わせた母は、他にも何か言いたげな顔をしていたけれど、そのまま部屋を出て行った。
 僕が、医師から貰っていた薬を飲まずに、部屋に放置していたのが何故かバレてしまった。
 母が置いて行ったコップには水が入っている。今すぐにでも飲め、ということだろう。僕は短くため息をついて、錠剤をひとつ、口に放りこんだ。それをぬるくなった水で流し込む。
 それからは普段通り、部屋でダラダラと過ごしていた。何の薬なのかすらわかっていないままだったけれど、頭が少しふわふわする。
 風呂をすませて、寝転がってスマホを眺める。犬がスケートボードに乗っている動画だ、この間も見たな。
 何か、忘れている気がする。
 なんだったっけ。
 ああ、薬、明日もちゃんと飲まないと、怒られちゃうな。
 負担よりもはやくやってきた眠気に身を任せる。
 おやすみ、と遠くでかなしそうな声が聞こえたような気がしたけれど、誰の声か分からなかった。

 




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