Skip links

文学大賞 本編部門30 地獄論 作者 湊うさみん

引きこもり文学大賞 本編部門30

作者:湊うさみん

  この世界に生きる価値はない。
 楽しいことや嬉しいことよりも悲しみや 苦しみが多いこの世界では、損得で考えるとさっさと死んでしまった方が得になる。
 小学生にだってわかることだ。
 しかし、人間というものは苦しみの方が多くても少しの希望があれば生きてしまうものだ。
 苦しみの方が多いとわかっているはずなのに。
 私はそんな世界に嫌気がさした。
 だから自殺すると決めた。
 だが死ぬことは私の本意ではなく、生きれるのなら生きていたかった。
 でも、心がそれを許してくれなかった。
 もうどうしようもない。
 私は最初から悲観主義だったわけではないので、もちろん世の中を変えようと頑張ったこともあった。
でもダメだった。
 この世界のシステムは人間一人では変えられないほど強固になっている。
 そして。
 目の前に垂れ下がっているロープに首を通し、足元のイスを蹴飛ばした。
 首に圧がかかる。
 この苦しさを耐えきれば、苦しい世界からお別れだ。
 さよなら、この、世界。
 ………。
 ……。
 …。
 
 
 目が覚めた。
 知らないベットに横たわっていたようだ。ここはどこだろう。
 そもそも私は死んだはずなのでは。
「調子はどうだい」
 近くから声がした。
 若い女の子がそこにいた。知らない人だ。
「…どちら様?」
「やーどうも〜〜〜!!アタシはまあ俗に言う神様って言うんだけどさあ、まあ気軽に神チャマって読んでくれていいよッ」
 テンション高すぎる。
「あ、うん……。神チャマさん。私はなんでここにいるの?」
「やだなあ。キミはちょっと前に死んでここに来たじゃないかー。それも自分の意思でね。自殺すると親が悲しむとか言うつもりはないけど、キミはまだちょっと死ぬの早かったっすねー。むふふ、何があって死んだのかお姉さんにちょっと聞かせてごらん? ん? 痛くしないからさあ〜ほらほら」
 テンション高い。(2回目)
「うーん、なんか人生に絶望しちゃって。生きている限り労働がつきまとう世の中じゃ労働に向いてない人はつらい思いをしながら生きるか死ぬかしかないかなって。働かずに生活できればそれが一番いいんだけど……」
「おーおー、すぃぶん重い悩みだネッ!」
「死ぬくらいですからね。あと労働がどうこうもありますけど、人生詰んじゃった感じもありましたし」
「おやおや、若いんだから色々やってみなきゃダメだよっ。と飲み屋のおっちゃんみたいなことを言うアテクシ。誰だよ飲み屋のおっちゃん!たはー」
「若いからつらいんですよ。それなりに年齢いってれば諦めもつくんでしょうけど、若いと色々期待されますからね。それに寿命で死ぬまで長くて何十年も待ってられないですし」
「考え方が暗いねェ。まるで自殺した人のようだ、ってキミは自殺したんだった。あっはっは!」
「なので若いから死んだというのがあります」
「なるほどねーなるほどなるほど。具体的に何があったのか聞いてもいいかな? と飲み屋のおっちゃんみたいにズケズケ聞くアテクシ。だから誰だよ飲み屋のおっちゃん!」
「うーんと、だいぶさかのぼるんですけど、最近親ガチャというのがありますよね。私は親ガチャハズレだったと思います」
「若者言葉だねっ!ガチャにハズレを仕込むなって感じだよねー、まったく」
「父親の棒力がひどくて。よくある話かもしれませんが父親は気に入らないことがあると家族に手を出す人でした。そんなんだったら離婚してさようならがいいんでしょうけど、父親は外だとまともな人みたいで結構稼ぎはありました。母親は足があまり良くなくて、働くのは厳しかったです。金銭面をを暴力父親に頼らなくちゃいけないかたちで離婚もできませんでした」
「あるあるだねー。いや、他人のしんどい状況をあるあるとか言っちゃいかんな!誰だよあるあるとか言ったやつ!あたしだ!」
「そんな感じで家にいるのが辛かったです。家が安全地帯じゃない境遇ってかなりきついんですよね」
「そりゃそーだ!メロンソーダ!」
「あと学校でも居場所なかったです。小学生の頃に一回転校したんですけど、それが良くなかったです。すでにできてる仲良しグループの中に入り込むコミュ力がなくて友達できませんでした。それでいじめが発生しちゃって」
 話してて昔を思い出して泣きたい気分になってきた。そもそもなんで私はこんなよくわからない神様とかいう存在に話をしてるんだろう。鬱屈した感情を吐き出したいからだろうか。
「いじめねー。いじめ自殺がだいぶ前にあってそれからいじめ撲滅しようみたいな雰囲気あったけど全然なくなってないじゃん! なーにやってんのさ、政治家は! と怒っちゃう神チャマでありました。ぺこり」
「いじめはやっぱりきつかったです。無視されるのは当たり前だし、菌扱いされたり。虫を食べさせられたり、いじめっ子の前で性的なことをやらされて、それを動画に撮られたり。確認してないですけどTikTokとかに動画流されてたかもしれません」
「おお……お姉さん聞いててきつくなってきたぞなもし」
「それが中学の終わりまで続きましたね。ただでさえ親には苦労かけてるから言えなかったですね。これ以上の苦労をかけたくなくて黙ってました」
「キミは優しい子だねー。いい子いい子」
「高校に入っていわゆる高校デビューで自分と境遇を変えようと思ったんですけど、うまくいかなくて。クラスメイトは恐ろしい存在っていうのが私の中でイメージが固まったみたいでした。この人も平気でいじめをする凶悪な存在だって考えるとうまく話せなくて」
「人間不信ってやつだね。それは仕方ない!うんうん、仕方ない!」
なんでこんなことを話しているのかなんとなくわかった。否定せずに聞いてくれるからだ。
「学校行くふりして外に出て、公園で時間潰して帰ってくるとかありました。俗に言う不登校ってやつですね。家にも学校にも居場所なかったです」
「きついねー、しんどいねー。居場所大事!」
「そんな感じで高校終わって、大学には行かずに就職したんです。デザイン系のところに。私の人生には珍しく職場には恵まれてて同僚みんないい人でした。でも、なんで働いているのかわからなくなっちゃったんです。毎日毎日、朝6時に起きて帰ってくるのは19時くらい。そんな生活を週5か6日してました。体力が限界で休みの日はずっと寝てて。行動が仕事か寝るか家事かお風呂くらいしかなくて、なんのために生きてるのかわからなかったです」
「なるほどー。生きるってしんどいからなー!イヤならやめればいいって言うけどやめたらご飯食べれないしなー!」
「それと私やたら失敗が多くて。同僚がカバーしてくれてたんですけどそれが申し訳なくて。診断されてはいないんですけどネットの情報見る限り発達障害なのかもしれません」
「そうかー」
「はい」
「今までよく頑張ってきたね」
 よく通る澄んだ声で神様は言った。
 つらいのは変わらないし自殺という選択肢は間違ってないと今でも思うけど、なんだか報われた気がした。
「……はい」
「でも大丈夫! ここ天国には労働なんてないから! 悪いことしたら労働してもらうこともあるけど基本的にはなんもなーし! すっばらしいね!」
「というと」
「労働のない世界が天国!わっかりやすいねー」
「……なるほど」
「ここでキミは何をしてもいいよ!悪いことしたらオシオキしちゃうけど、そんな人じゃないし、まー、ゆっくりしたらええねん。ええねん。永年墾田私財法。逆か。墾田永年私財法だっけ?」
「墾田永年私財法です」
 すごくどうでもいい。
「そういうことでゆっくりしてるといいよ!というわけでー、アテクシは別の人を案内にしにいく! また誰か自殺したみたいだけん、世も末だねえ。まったく世も末、世も末、世も末涼子」
 そう言い残して神様は消えた。
 私は一人取り残される。
「ゆっくりと言ってもなあ」
 しょうがないので天国を散策する。無の存在になりたかったのに天国に転生してしまうとは予想外だった。
 ふと。
 地獄行きの交通案内があることに気が付いた。
 地獄……どんなところなのか興味がある。
 案内に従って進むと展望台のようなところに到着した。
 ここから地獄の様子が見えるようになっているようだ。
 さて、地獄はどんなところか。
 ……。
 ……。
 見慣れた景色が見える。死ぬ前に私がいた場所だ。
 今、初めてわかった。
 この世界には天国と地獄しかない。現世と思われていたのは地獄だったんだ。
 つまり私が今までいたところは地獄だったんだ。
 考えてみればそのはずで、労働に人生の大部分を持っていかれるのは地獄としか言いようがない。
 神様は言っていた。
 労働のない世界が天国だと。
 逆に労働ばかりの世界が地獄なのだ。
「地獄に順応できるわけがなかったんだ」
 つらいことは色々あった。
 苦しいこともたくさんあった。
 なぜこんなに苦しいのかわからなかったけれど、それらはすべて「地獄だったから」という理由で説明がつく。
 私は思う。
「世の中には地獄を天国のように感じる人もいる。だからこそ地獄を地獄と感じる人にとっては地獄なんだろうなあ」

 




Ready forへ参加

応募作品へのコメント投稿、ポストカード、作品集書籍などご希望の方は“Ready for”で『リターン』をご購入ください!

ログインして続きを読む!

既に閲覧の権利をお持ちの方は以下からID、パスワードでログインの上、御覧ください。




Join the Discussion

Return to top of page