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文学大賞 本編部門09 消えるみらい 作者 神杉一宏

引きこもり文学大賞 本編部門09

作者:神杉一宏

 「あなたの彼を殺したの」
 ある春の日、ひっそりと、彼女『心瀬(みらい)』はわたし『月宮(つくく)』に呟いた。
 みんなには聞こえない声量で。
 みんなよりグッとわたしに近づいて。
「ほら見て月宮、そこの木の根元に埋めたのよ」
 そういって心瀬は少し離れたところにある木を指さした。
 桜の木の下には死体が眠っている――とはいうけれど、あいにく心瀬が指したのは松の木で。
 刺々しい松の木。
 痛そうだけれどどこか神秘的でもある松の木。
 そんな木の下に……なんだって?
「……なにいってんの」
 確かに彼は学校を休んで十日になるけれど。
 連絡が途絶えて十日になるけれど。
「お~い橋かけるぞ~集合~」
「は~い」
 わたしの手を取って駆け出す心瀬。
 暖かく、ほっそりしていて骨の感触が伝わる手だ。
 適度に湿っている森の土に脚が少しだけめり込んで思わずこけそうになってしまう。
「危ないよ、気をつけて」
 そんな風にいいながら心配顔。
 いや待って。
 わたしの彼を殺したなんていうあんたがどうしてわたしに優しくするの。どうして支えてくれているの。
「え? だって私を襲ってきたのは彼だし。
 月宮はなんにも悪くないでしょ」
 小さな川に辿りつき、みんなと合流する。
 同級生のみんなで、学校の行事で子供たちの為に公園を造ることになった森の中。
 正直学生だけで造れるのかと思ってしまうが、意外とみんな乗り気だったり。
 もうみんなは切り出された木の板をどう川に架けるか思案中だ。
「襲った……」
 彼が、この子を。
「し」
 人差し指一本立てて、自分の口元に持っていく。
 みんなに聞かれるよ、っていう意味だろう。
 ジェスチャーひとつすると心瀬は作業に入った。川の幅はわずか二メートル程度だから橋は簡単に架けられた。
 すごく拙い見映え。けれど男子が数人乗ってジャンプしても壊れることなく。頑丈ではあるようだ。
「次、ブランコ制作だって。懐かしいね。私もう五年以上乗ってないや」
 心瀬の言葉がまともに入ってこない。いや正しくは入ってきてそのまま抜け落ちてるって感じ。
 彼。
 殺された。
 襲った。
 埋められた。
 これだけが頭に響き続けていて、体が少し震えている。
 だって心瀬、全然普通だから。
 普通に、笑うから。
 どうなってんのこの子……。
「月宮、今度はクライミングだよ。ロッククライミングの木製バージョン。
 それが終わったらログハウス造り。高校生に造らせるかねぇ」
 一つ造り終えるとまた別のを。
 全部で十種類のアトラクションと休憩用のログハウスを一つ。
 森を二か月で切り開いて、アトラクションを一か月で造って、ログハウスに三か月使う予定だ。
 今日でアトラクション制作はお終い。
 ああ、今まで楽しかったのにどうして……。
「ログハウス造る木材にね、あの松の木も使われるんだって。
だからだよ」
 だから今の内に告っておこうと? 見つかる前に、不本意にわたしにバレる前に?
「うん」
 肯定の言葉。たった一言を、笑顔でいってくる。
「今日の作業、終わったね。
 さ、テント戻ろう。疲れたよ」
 移動の最中、心瀬はずっとわたしの手を引いている。心瀬とはとっても仲が良い間柄だ。出逢ったのは高校に入ってからだけど、一年と少しで誰よりも仲良くなった。手を繋ぐなんていつものことだ。
 そう、いつものこと。
 なのにどうして、今、こんなに気持ちが悪い?
「ぐったり休んだら三十分後にふもとの温泉。それだけが救いだねぇ」

「あのね、彼に押し倒されて、近くにあった石で頭殴った時さ」
 温泉に浸かりながら。
 みんなもそれぞれグループでかたまっていて、こちらの会話が聞こえてないみたい。
「なんかが『キレた』んだよ。ああ、血の赤ってこんなにどす黒くて鉄臭いんだって、すごく冷静に思ってた。
 でも気持ち悪くもあって、吐いちゃって。
 大変だったんだよ、彼を運んで埋めるのってさ」
 キレた。キレた。キレた。
 そうか。この子、この子は今、壊れてるんだ……。
 彼が壊したのか……。
「……どうしたいの、心瀬?」
「え?」
「どうしてほしいの、わたしに」
「ん~。別に。
 彼が見つかって私が捕まる前に月宮には私からいっておきたかったの」
 そうして彼女はこう続ける。
 
「私がやったことと、協力者がいたってことをさ」
 
 協力者。
 なんだ、ただの告白じゃなかった。こっそりと別の誰かのことをわたしに伝えたかったのか。
「その女はさ、ずるくて賢くてちょっと怖い。
 いつも真面目で、でもさ。
 彼を殴った時に偶然通りかかって、出た血を見ていうんだよ」
 
「キレイ」
 
「――って。
 彼はその時実はまだ生きてたんだ。だから彼女はトドメを刺すようにまた殴ったの。
 恍惚っていうの?
 そんな表情」
 気をつけてね。
 そういって温泉から二人で出ていった。
 温もったはずなのに体はすぐに冷えてしまった。
 まるで心と連動しているように。
 テントに戻って寝る間もわたしはずっと考えていた。
 彼は死んだ。死んだ。死んだのだ。
 実感がわかなかった。
 けれど死んだのだろう。隣で眠る心瀬が殴って、別のテントで眠るあの人が殺したのだろう。
 ああ……ぐちゃぐちゃする……。
 
 数日が経って、悲鳴が上がった。
 彼が見つかったからだ。
 心瀬は下山し、素直に警察のところに行った。
 
 そしてもう一人、心瀬の告白によって保健医が捕まった。
 
 わたしは彼を失い、親友を失ったのだ。
 独り、か……独りってやつだ。
 ほかに友だちいないし。家族はいるけど遠いから寮暮らしだし。
 告白の日以来部屋に閉じこもっているわたしをみんな慰めてくれたし、励ましてくれたけれど、その言葉が頭に留まることはなく。
 たまに外に出ようとするけれどわたしの行き先は決まって心瀬のとこ。まだ繋がっていられるかなって、縋りついている。
 
 お願い心瀬……わたしを独りにしないで……。




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