Skip links

文学大賞 本編部門24 千載一遇の白(せんざいいちぐうのしろ) 作者 砺波 ユウ(となみ ゆう)

引きこもり文学大賞 本編部門24

作者:砺波 ユウ(となみ ゆう)

シャープペンシルの芯を、腕に突き刺す。
「痛い」気がするけれど、「どうでもいい」の方が勝つ。
この身、この命、自分なのに、他人事。

死にたい。
でも、死ねない。

生きている理由なんか無い。
だけど死の線を越える力も足りない。

こうなったのは、自分のせい。
自分で選んだ結果なんだ。
文句を言うべき他人はいない。

日々は日々。
自分で自分を背負う辛苦が続く。
生か死か、どちらかに針が振れればいいのに...。

さもなくば無になりたい。
でもなれない。
思考だけでも消せないだろうか。

壁に頭を打ち付ける。
やはり痛みは感じない。
いくらやっても中身は飛ばない。

そして自然と浮かんでくる。
こうなる前の嫌な思い出。
 
 
 
「ずっと...ずっと、ミライさんの事が好きでした。」

追い詰められていた。
僕を取り巻く人生の全てが、辛く、つまらないものになってしまう。

ひいばあちゃんが、弱っている。
年齢のせいだ。
僕より先に亡くなるのは、自然の摂理ってやつだと理解している。

でも悲しい。
とても悲しい。
もう会えなくなる。
もう話せなくなる。

「たっくんはすごく賢い子だ。」

そう言ってくれる人が、苦しんでいる。
この世から居なくなってしまう。
耐えられない...耐えられないよ。

頑張るしかないって思った。
サッカーで、プロになれれば、家族みんな喜ぶし、お金に困らなくなるだろう。

学校での部活動以外にも、自主的に練習した。
リフティングしながら階段往復していた時、やらかした。
やればやる程良い、痛みに耐えて努力したらより強くなる、そんな間違った精神論を信じ込んでいた。

自分の足がおかしくなって、部活の教師がクソだとようやく気付いた。
怪我していても時は進む。
手の抜き方を知っている、他の奴等が上手くなる。

復帰する気は萎んで消えた。

良い高校に行き、良い大学に入る。
最早それしか残っていない。
家族みんながそれを望んでいる。

だけど。

良い高校に行き、良い大学に入ったはずの、あの教師はなんなんだ?
クソの極みじゃないか。

間違った事を教えた挙句、謝りもしなければ、訂正もしない。
人生が変わる程の怪我をしたのに、省みるどころか見捨てておしまい。
男女差別は毎日してる。

学校ってなんだ?
得体の知れない「社会」に適した、人畜を養成する機関じゃないか?
社会ってやつ自体が幻想で、それの奴隷を作ってるだけな気がする。

その証拠に、全ての大人が、答えを持っていない。

「生きる意味とは?」
「生きる喜びとは?」
「何のために生きるのか?」

大人のくせに、この疑問には取って付けたような幼稚な答えしか返せない。
さらに悪いのは、「それを探すのが人生」「中学生なのにそんな事を考えるなんて凄い」とか、恥ずかしげもなく言ってしまう奴等。
一番深くて大切な所に目もくれず、ただ時間を消化しているだけのクズども。

じゃあ、僕は今、死んでもいいのか。
意味も目的も無いこの命、捨ててしまうのがきっと正しい。
ひいばあちゃんの命もそうか...そう思うと、やっぱり悲しい。

何が真実で、何が正しいのか。

僕にはわからなくなった。
生きるという事が、わからなくなった。
深い意味で、追い詰められていた。

その僕に、たった1つだけ、確信が持てる真実があった。

「僕は、ミライさんを、愛している。」

同じ学級になった時から、なんとなく気になっていた。
勉強、運動、その他活動...見れば見る程、惹かれていった。
いつの間にか、本当にいつの間にか、恋って感情が芽生えていた。

この気持ちだけは、心の底から湧き出て来る、疑いようのない「真実」だった。

彼女が傍に居てくれたら、それだけで「つまらない」は消え去ってくれる。
この世のどんな理不尽も、受け流せる気がしてる。
というか...彼女の存在がなければ、僕は、残りの人生をつまらなく消化して終わるしかない。
 
 
そんな僕の、一世一代の告白は、実らなかった。
 
 
ミライさんは、何も言わず、その場から逃げ去った。
それが答えだと理解した僕は、そこから先を求めてはいけないのだと知った。
 
 
生きたい気持ちが僕の中にある。
その前提に、ミライさんが居る。
だけどそれを求めてはいけない。

その葛藤が、僕を壊した。

何を教わっているか、認識できなくなった。
不意に暗い衝動に襲われ、「ああっ!!」と叫んだりもした。
動く気力がなくなって、廊下の真ん中に這いつくばる事もあった。

そして、学校に行かなくなった。
 
 
 
「たっくん、免許取らんね?」
 
 
中学を自動的に卒業してから3年。

時間を消化するだけでも、常に苦痛がつきまとっていた。
その苦痛から逃れるために、様々な事をした。

睡眠・自傷・ゲーム・チャット・散歩...。

そして、引きこもっていても、そうでなくとも、人生の時間は同じだと気が付いた。
生きる感覚はすっかり錆び付いてしまったけれど、中学時代の最悪の時期と比べたら、多少は活動できるぶんマシだと言えた。

「バイトでもしようかな。」

そう言った僕に、母は免許の取得を勧めてきた。
買い物に行くにも、車で片道35分走るド田舎だから、運転免許があるかないかで、バイトの選択肢もずいぶん違う。

ましてや僕は中卒なのだ。
求人数は、高卒の500分の1。
やれそうなのがあったとして、車じゃないと行けない可能性は高い。

「自分で稼いだお金で免許を取りたい。」

と、意地を張ってはみたが...

「そのお金を稼ぐのに免許が要るでしょ。」

母の方が現実を知っている。

「あんたが高校や大学に行くために貯めてたお金があるから。」

そう言って、母は、僕が自動車学校に行くお金を出してくれた。
 
 
 
ああ...

僕は今、生きようとしている。

そのためには、君が必要だ。
 
 
 
死ねない自分を受け入れた時、生きるための材料を心が探す。

やっぱり、ミライさんが...。

必ず、その答えに行き当たる。

3年間、いつも、いつも、彼女の事を考えていた。
散歩に出た時は、偶然彼女に出くわさないかと、淡い期待で駅へ行く。
そんな奇跡は起きないとわかっていても...足はそちらに向かってしまう。

狂ったフリして実家に突撃しようとか、電話なら会話できるかも、なんて考えた事もある。
いずれも思い留まった。
 
 
自動車学校で、偶然会えたりしないだろうか?
 
 
捨て切れない奇跡への願望。
どんな確率だよ、と自分で思う。
奇跡に恵まれたとして、その先は?

ミライさんを前にして、僕は何が言えるだろうか?
ホントはたくさん話したい。
だけど相手はそうじゃない。

それでも...それでも3年間、何度も何度も考えた。
奇跡の先をシミュレートした。

その度に、伝えたい気持ちが、言葉が、とめどなく溢れ出てきた。
行き場の無いその強いエネルギーは、僕の心に逆流し、痛みとなって苛んだ。

もし次に会えたら...きっと...きっと...。

僕はまだ死んでいない。
生きている、生きようとしている。
そして思考をする限り、そこにしか気持ちが向かなくなっている。
 
 
 
「♪あなたと見た夢の古い記憶は~」
 
 
4月27日午前。
頭に浮かんだ曲を口ずさみ、自動車学校へのバスを待つ。

同級生は大学行ったり就職していて、既に新環境に居るだろう。
奇跡への淡い期待を持つには、絶望的な時期だ。
それでも捨てられない、しがみつかざるをえない自分の心理には、いつもながら哀しくなる。

予定時刻に来たのは、乗り合いバスではなく、車だった。
名前と目的を確認され、名刺を渡され、「乗って」と言われた。
人が少ない時期で、バスのルートから外れているせいで、こうしてこの人が個人の車で送迎する事となったらしい。

それについての愚痴を散々聞かされ、僕は何も悪い事をしていないはずなのに、しょんぼりした。
 
 
自動車学校に到着後、車の主にお礼を言う。
学校嫌い・大人嫌いが再燃したけれど、そこは人として気を遣った。

門をくぐるのに、やたら緊張する。
アホくさい...大した事じゃない...そう心に言い聞かせながら、受付へ進む。
 
 
「たくとさん!?」
 
 
自動ドアを通った僕は、突然自分の名を呼ばれた。

視線の先に、奇跡が在った。
 
 
 
!!!!ミライさんじゃないかどうしてここにいや自動車学校だから目的は同じだろっていうか奇跡が起きた!!マジかこれ愛してるすげー奇跡だそれはともかく何を言えば愛してるちょっと太って髪伸びたかなミライさんだ愛してるで何を言おうかずっと苦しかった愛してる何年待ったんだこの瞬間元気ですかどこに居ますか彼氏いますか愛してますって何を言えばいいんだ愛してる受付しないといつまでいますかいっぱい話したいです愛してますどう返事すればいいんだ愛してるどうすれば愛してる...
 
 
 
この機、この瞬間のために、引きこもっている3年間幾度となくシミュレートして鍛えてきた僕の脳は、彼女の存在を認識した瞬間、一気に全ての気持ちを噴き出させ、ホワイトアウトした。

真っ白になった僕は、笑顔の1つも作る事ができないまま...
 
 
「はい...」
 
 
とだけ、声を出した。

沈黙が、どれぐらいの時間だったのかはわからない。
僕の声を受けたミライさんは、僕から見て左の方向へ行ってしまった。

僕はただ茫然と、見送るしかなかった。
 
 
パニックになった頭は、自分の名前も住所もなかなか呼び出せなくなっていた。
その状態でどうにかこうにか受け付けを済ませ、また茫然とした。
そして尿意に気が付き、「トイレはどこですか?」と受付で聞いて、男子トイレに向かった。

男子トイレの大便用の個室に入る。
自分の意思とは関係無く、液体が溢れ出たのは、両目からだった。
 
 
「あっ...あっ...あうぅ...ああっ...あっ...」
 
 
声を殺して泣いた。
この便器の中に流れて消えてしまいたいぐらい僕はクソだ。
 
 
それでも...
 
 
それでも...
 
 
それでも、次に会えたなら、今度こそ言葉で心を届けたい。
 
 
 
明日は、来ますか?




Ready forへ参加

応募作品へのコメント投稿、ポストカード、作品集書籍などご希望の方は“Ready for”で『リターン』をご購入ください!

ログインして続きを読む!

既に閲覧の権利をお持ちの方は以下からID、パスワードでログインの上、御覧ください。




Join the Discussion

Return to top of page