引きこもり文学大賞 短編部門05
作者:尊生
ごぽ、ぐるる、どぷっ、水面はまだ眼前に。手を伸ばせば届いてしまう遠さの、薄膜のような海水が一枚分。わたしの上にはそれだけある。大きなあぶくがもっと底のほうから、わたしを押して揺らして通り過ぎる。それでもわたしは浮かびもせずに水母の日々に想いを馳せる。あの差し色の綺麗なあれはいったい、その生命の様はいったい、生まれ変わりというのかと。尋ねようにも声を持たず、また返し返るは波ばかり。
指先が薄膜を裂かなくなったころ、乾きを得なくなったころ、わたしの下には登りくるあぶくと揺籠のような海水だけがある。わたしが砕いたあぶくが、ちりぢりに輝いている。戯れに蹴ってみたけれどわたしがくるりと回るのみで、絶えず迫るあぶくと混ざり、散った泡沫がどれなのかさえわからない。膝を抱えてころころろ、押されて揺られたわたしもきっと混ざるのだ。
つま先から解けていく、上唇がまんなかで裂けて、複雑な臓腑が簡単な管になる。柔らかな肉に水だけ詰めたわたしの身体の、心臓だけが確かだった。鼓動がちかい、わたしの生命の音がする。わたしは生まれ変わるのだろうか。水母は揺蕩いもはや見えぬほど遠ざかる。伸ばす腕、指先はあぶくに押しのけられた。微睡がわたしをあまやかす。
目を瞑り、暗闇に思い描く。わたしの終わり。このまま眠って、沈んだそこに、鱶の一匹でもいればいい。水母のようにおなじ生き物を繰り返すには、わたしはとんとこの形に飽いてしまった。まったくめちゃくちゃになってしまうほど、暇なく泣きたいような。黒胆汁はとめどなく溢れ、髄液は粘性を増して動きを鈍らせるばかり。失望が魂に深く染み込んで、内からの輝きを全くだめにしてしまったのだ。
煌めきを拒む深海がわたしを受け入れてくれる。くすんだ生命を、意地汚く動く心臓を。あぶくがわたしを捕らえて、緩慢な波が攫う。瞼を持ち上げると、大きな瞳がそこにある。歯並びの整った口に飛び込んで、おしまい。