引きこもり文学大賞 短編部門14
作者:西小路無為
夏の終わり。三週間ぶりに庭へ出た。
大きな蜻蛉が、目の前を飛んでいる。
僕が前に進むと、2メートルほど離れたところで僕の胸のあたりの高さで止まっていたのに、急に垂直に飛んでいく。
また静止……と思ったら、今度は右に左にと高度を変えずに動く。ちょうど僕の頭の真上だ。
突然、直近の壁のあたりからジージーと大きな音。蝉だ。
蝉はジージーと鳴きながら、全く不規則な動きで、あっちの壁、こっちの壁にぶつかりながら、飛んでいる。まるで大慌てで止まれる木を探しているかのように。
蜻蛉のほうは僕の頭の上で、3メートル感覚で上下左右に動き、まるで定規で計算されたかのような幾何学的な動きを続けている。
突然、蝉が僕の目の前にやって来て、不規則な弧を描きながら飛び始める。
すると、蝉と蜻蛉が一瞬接触。
蝉のほうは、鳴き声がジーと途切れ途切れになりながらバランスを崩し、地面に叩きつけられたかと思うと、僕の足元を這いずり回り出す。
蜻蛉のほうは自分よりも大きく重量感もありそうな蝉とぶつかったにもかかわらず、まるで何事もなかったように軽くしなやかに態勢を崩さず飛んでいる。
蝉のほうは、僕の足元の約2メートル先の地面で裏返しになってバタバタ、ジージーと悶えている。
大きく固そうなお腹をむき出しに、完全に動きが止まってしまった。
それでも4本の手足だけは忙しなく動いている。僕と蝉の間の上空を、先ほどの蜻蛉がじっと下の様子を見守るように、動きを止めて静止している。
僕が蝉のほうに近づくと、蜻蛉は急に高度を上げて、斜め方向へ飛んでいき、僕の視界から消えていった。
蝉は地面についた羽を動かし、なんとかひっくり返って、態勢を変えようとするが、ただジリジリと、その場で音を出すだけ。
しまいには諦めたのか、動きが止まり、そのまま音も消えてしまった。
終わった……目の前で突然起こった小さなドラマ。
僕は再び自分の部屋に引きこもった。