Skip links

本編部門 22 おかあさん!

おかあさん!

ペンネーム:石島 道康

ひきこもり40歳からの、最初にして、最後のお手紙を書きます。
 
 
お母さんへ、
 
 
僕はこの手紙を自室から、引きこもりを続けて十余年となる、部屋から書いています。
おそらく、そして、確実にこれからの未来への絶望と、かすかな希望にかけて。そして、生きている証として、書いています。書くことは希望です。そして、書くことは残酷です。
しかし、書かねばならないのです。なぜなら僕達には、もう残された時間はそこまで多くないことは誰の目に見ても明らかだからです。これからの未来に怯えています。僕はすでに、自分が切実に望んでいるもの、それは少しばかりの勇気と愛撫を求めフルオープンに外に出たいのですが、そこにはむやみにやたら多くのため息が出る恐ろしい理由がありそれができないのです。あなたの傍らで、いつも下の階でずっと続く包丁で大根を切る音を、洗濯機を回す音を、トイレを洗う音を、聞いています。僕の人生がかかっているただ一人の存在であるあなたの傍らで何日かを過ごす日々をなげうってまで、外に出ることができないのです。
 
 
お母さんは、果たして僕のそんな希望や願望をきちんと注意して読んでくださっているでしょうか。少なくとも僕が自分の絶望や、健康や、人生への嫌悪を持っていることについて、自分が考えている以上に楽観的で道楽的なそれを持ってはいないでしょうか。直接話しをすれば、そこには多くの誤りや誤解が含まれてしまい、十分に打ち砕くことができません。
 
 
あなたには考え及ばないことでしょうが、僕は絶えず自らを裁く瀬戸際にいます。情熱的な愛を感じて育ったわけではありません。しかし、そこには盲目の精神とはいえ、自分の宿命とあなたの性格への内省を重ねたおかげで確かな敬意が生まれていることを告白しなくてはなりません。しかし、結局のところ、災いはなされてしまいました。どうしようもなかったのです。
 
 
お母さんのそそっかしさと僕の過ちによってです。
 
 
僕たちは明らかに、お互いに愛し合い、お互いのために生き、できるかぎり純潔に、そして安らかに人生を送り、終えようと見定めています。十年以上目を合わせず口を聞いていない自分たちには大根の音、洗濯機の音、そして掃除の音を通して会話があります。
 
 
原因はなんでしょうか。
それは不況によるものでしょうか。借金でしょうか。
いえ、それは不可能な状況が「長く続きすぎた」ことからくる、耐え難い疲労感からなのです!状況は惨憺たるものです。もちろんお世辞を言う人もいるし、もしかしたら僕の状況は何か恵まれているとさえ形容される可能性だってあるのかもしれません。そのことは知っています。僕も、40年生きてきましたから。自費で購入したPCでクラウドワークの案件を細々と受けている状況ですから。ある立場から言えば申し分のない所かもしれないのですから。やりたいことができます。こうして書いたものは活字になります。40歳になれば、僕の精神的なそれが大衆受けするものではないことは承知しているので金は十分には稼げませんが、生きていくのに十分な勇気さえ持てずにいる精神的な健康はおぞましいものになっています。あなたには思いも及ばないことでしょうが、気の休まることなどないのです。
 
 
もうすぐ、実際的な問題、それはつまり現在の問題に取り掛かるしかなくなります。
なぜかといえば、僕は救ってもらう必要があるし、救えるのはお母さんしかいないからです。僕には既に友人もなければ女性もなく、犬も猫もいません。誰に訴えたら良いのでしょう。
 
 
もう話しておかねばならないのです。
日々僕を破滅に導く、あの、ことを。
 
 
色々な勇気を失わせてゆく、日々の疾患のことを。
 
 
嘔吐
不眠
悪夢
寝汗
湿疹
 
 
もう話をしたくありません。
 
 
信じてはくれないでしょうが、僕はこの問題に精通をしています。40年も一緒にいるんですから。異常なだるさを感じては、「怠けるな!」と言わ続けて育ったのですから。そして、お尻を叩かれて育ったのですから。お母さんは僕がいま陥っている悲壮感のそれは恐怖が病気を誇大に見せているだけだとお思いですよね。厳重な摂生させすれば治ると思っていますよね。しかし、僕の今の生活ではどうでしょうか。
 
 
僕はいま、すべてを語ることに躊躇はありません。これが真実だと確信しているからです。
 
 
お母さんは僕に随分厳しい教育を施しました。未だに僕が苦痛を覚えることはそうした過酷な体験が恐怖となり日々の暮らしを紡いできたんです。もちろん40歳となった今では「そのことだけで」あなたを評価することは正当なものとは言えない賢明さを身につけています。しかし、あなたも頑固なまでに不器用であったのです。
 
 
結局僕は逃げる道を選びました。僕は快楽に走りました。美しい服や海外旅行に。そして性に。今僕はその罰を受けているのかもしません。お母さんはこれを聞いて非難を感知されますか?しかし、これだけは分かってください。あなたの広い心とその献身、そうした慈悲の心を持って接していたことに感謝をもっていることを!あなたは犠牲の天才です。それ以外の何者でもありはしません。しかし、です。僕はそれ以上のものを求めてしまうのです!お願いです。僕のもとに来てください。僕の勇気や神経を考えれば潰れるのはもうすぐそこまで迫っています。前途に続く恐怖に怯えています。あなたの極端な感受性をおもんばかって僕は動けません。お願いですから僕に休息と仕事、そして少しばかりの思いやりの心を、ください。
 
 
最後にもう一度健康上のことを記して結びにかえます。
今日も僕は疲れて切っています。ここのところ、ほぼ一週間というもの、眠っている記憶がありません。食べてもいません。お風呂に入ってもいません。喉元が絞めつけられています。そして、仕事を探さなければ、しなければいけません。
 
 
この手紙で苦々しい思いをすることは分かっています。それでも書きます。注意して読んでください、そして理解するように努めてください。なぜなら、必ずそのなかにあなたがめったに耳にされたことのない優しさの響き、愛情の響き、そして、さらに、希望の響きさえをも見出されることになると思うからです。今はそちらに行くことができません。僕はあなたにご自身の幸福を求めます。全てが食いつぶされる前に、いま完璧な正当化は無理だとしても、お母さんの献身に対する僕の感謝を捧げます。あなたにとって間違いなく不幸と感じている時期を僕にとっては、「愛情に満たされた幸せのとき」であると呼ぶことをどうか、どうか許してください!あなたは僕だけのものです!

 




Ready forへ参加

応募作品へのコメント投稿、ポストカード、作品集書籍などご希望の方は“Ready for”で『リターン』をご購入ください!

ログインして続きを読む!

既に閲覧の権利をお持ちの方は以下からID、パスワードでログインの上、御覧ください。




Opinions

  1. Post comment

    なにか結論めいた感想を述べることには至りませんが、とても惹きつけられる、余韻のある作品でした。最後の一文がインパクトのある素晴らしいピリオドですね。

    Permalink

Join the Discussion

Return to top of page