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文学大賞 短編部門03 内心 作者 尊生

文学大賞 短編部門03

作者:尊生

 届きゃしないのだ。この愛は、届きゃしない。
 もう一切が手遅れになってしまったのだ。どれほどの熱情でもってキスをしても、お前のすっかり沈みきった内臓を燃え上がらせることはできない。お前の黒胆汁はとめどなく溢れるし、おれの髄液は粘性をもって動きを鈍らせるばかりだ。
 メランコリーはお前の魂に深く染み込み、内からの輝きをだめにしてしまった。痛みを知らぬお前の魂はあんなに煌めいていたのに。触れれば肉が焼け落ちるほど昂っていたのに。おれの知らない愛情でお前は歪んでしまった。幾多の痛みを受け止めて、傲慢と暴挙を許容しつづけて、お前ばかりが変質してしまった。甘やかな恋慕も、温かな慈愛も、おれの熱も、お前には必要ないのだ。
 ただの暴力だと一蹴してしまえたら、お前はもう二度と己が血を見ずに済むのだろうか。「刺されたって文句なんか言えないさ」と血反吐を飲んだ顔で言うくらいなら、さっさと逃げ出してしまえばいいのに。手を引いたって、背を押したって動かぬお前のことだから、毛頭そんな気はないのだろうけど。
 思慮深さを美徳としたお前は、純な愛とともに消え去ってしまったのだ。現状になんの疑問も抱かず、降り注ぐ罵声と拳を愛としてしまったのだから。なけなしの自己愛さえ擲って、お前は這いつくばる人生を選び取った。おれを置いて。そんなものに価値を見出した。投げつけられるものを拾い集めなくたって、おれが、おれこそが、手渡してやるのに。
 どう言えばよかったのだろう、どう触れればよかったのだろう、お前がそこに蹲っているとき、見下ろしたおれは独りだった。言い淀む全てのことが愛で、触れ難い全てのことが恋だったのに。華奢に繊細でいてくれればよかった。頬を張られてしとしと泣いているならば、おれは無茶苦茶ができたのに。
 気丈に振る舞うお前が、それを当然とするお前が、依然として愛しいと思うのに、お前こそがこれを無価値に貶めるのだ。
 




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