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応募作品2

燃えよストラト

ペンネーム:スタンダードマン

僕が約3年の引きこもり生活を半ば強引に終わらせて、精神科病棟に措置入院したのは19歳の5月だった。
白昼に自宅で練習用の10wのギターアンプの、ボリュームノブを一番右の10までひねった。
耳栓をしても耳が痛かった


ので、ヘッドフォンを更に耳の上に被せてエレキギターを思い切り弾いた。
僕の中では、もう死んでも良いような心地でどうにでもなれと思っていた。
しばらくすると自宅の様々な方向からドアや窓を叩く音が聞こえる。屈強な男達が数人自分の部屋に侵入してきた。
僕は行くところまで行く事で自分の人生を推進してやろうと企図していた。

その後、精神科の病院に救急車で搬送。病院には約1ヶ月半入院した。
看護師や医師、入院生活を共にする同じ病棟の患者仲間達との関わりが僕の引きこもり後の生活での
初めての家族以外の他者との関わりだった。
最初は怖かったが、同じような引きこもり、ニート経験をした様々な年齢の入院患者仲間の人達と
話しながら、徐々に会話が出来るようになっていった。
母以外の女性と関わったのもこの時だ
時折、保育士をしていた姉が自宅の様子を見には来ていたが、それ以外は液晶画面の向こう以外皆無だ。
こんなに女性って小柄なのかと、病院で働いている後ろ姿を見ながら感心したものだ。

僕は身長が175㎝あったが入院当時は58㎏ぐらいで痩せていた。中学時代は同じ身長でさらに体も出来ていなくてもっと細かったので、クラスの女子達から悪口を言われたりしてコンプレックスになっていた。
中学時代は、一人の同級生から校内で会うたび殴られる嫌がらせを受けていて中学2年生から不登校になった。
こいつとその取り巻きには未だに恨みがある。
今すぐ実名を出してやりたいが、こっちが加害者になりかねないので自重しておく。
こいつは小学生からボクシングを習っていたらしく、平気で喧嘩相手の顔を何度も殴りつける癖があり、取り巻きのやつはそれをいつも面白がって見ていた。僕は自分の顔に傷がつくのを嫌ってやり返さなかった。
こいつの取り巻きとは別のトラブルで教室で一回殴ってやった。
すると主犯格のやつが怒って取り巻きの前で謝らされた。
僕は未だにここで謝ってしまった自分自身を後悔している。殴った事には一切後悔していないが。

入院当時に話は戻る。
病院のOT(作業療法)ではフロアの小さな本棚の隅にアコースティックギターが2本置かれていた。
同じ病棟の患者仲間がつま弾いているのを見ていて、僕も借りて弾かせてもらった。
引きこもりの頃に練習していたMEGADETHというバンドのHolly wars the punishment dueのギターのフレーズを夢中で弾いてたら、他の参加者の方から
「おお」とか「上手いな」と感心の声が挙がった。僕が人前で”マトモ”に弾いたのはこの精神科病棟の作業療法時が初めてである。
引きこもる前から、僕は中学時代にエレキギターを初めていて、自宅で友達の前で弾いたりしていたが、不登校や高校中退を経て自信を無くして中断をしていた。
それをまた練習を再開したのが引きこもりの時だったのだ。
そのままの自分で生きていく自信がなかった。
どうせ何も出来ないなら、何か一つの事に打ち込んでやろう。今思えば冗談みたいだが、画家のゴッホのような心境だったのかも知れない。
青空文庫やyoutubeを相手に無言で液晶画面を睨み続けて、ギターを練習する日常に
しまいにはそんな自分にも限界と絶望を感じてアンプのボリュームをひねった。
結果的に外に引っ張り出される事になったのだ。
そうして病院のOTにいる間は、ギターを弾いている事が多かった。

その時に僕に話しかけてきた女性がいた。僕の8歳上で27歳。
以前はコーヒーショップでバイトしていたのだと言う。
連絡先を紙に書いて貰ったのでさすがに僕も有頂天になった。
退院後になんの目的も決まってなかった僕には
それが一つのきっかけになると考えたんだろう。
二週間後に退院すると書いてあったので
二週間きっかり経ってから早速電話した。
数日後に彼女の家に行くことになった。
その後、交際する事になったが、長続きしなかった。
彼女は精神的な病を長年患っていて、出たばかり の僕もどうすれば良いか分からなかったのだ。
別れた時は、入院した時よりも辛かったように感じていたと思う。
引きこもり後の人との繋がりが、また途絶えてしまった事になったのだ。

しかし、連絡が一度途絶えた時期くらいに僕はコンビニエンスストアでアルバイトを始めていた。
働く事で自分を変えたかったし、病院への通院とデイケアの他には、それしか方向が無いと僕は考えていた。
まだサポステもNPOも自助会も知らない時期だった。
生まれて初めて行った面接で運良く採用してもらえて(年齢的な若さもあったのだろう)
19歳の初夏の頃に僕は働き始めた。
職場では新しい人間関係が出来た。僕は同年代のバイト仲間達と違い、学生でもなかったので
フリーターという扱いで、徐々に色んなシフトの時間に入れられる事になった。夜勤も入った。
僕ともう一人、2つほど歳上で大学を中退して働き始めた男性の方がいたので
そこまで精神的には孤立をしないで働いていた。
でも学生時代の話題には入っていけないし
店長や年の離れたパートの人以外には、自分が引きこもりである事はなるべく隠して働いていた。
失敗も沢山あり、泣いて帰った事もあったが
まだその時の僕には他の選択肢がないと思って続けていた。
コンビニは人の出入りが激しい職場で
働いているうちに僕が先輩になって学生に仕事を教える事も増えた。
そのうち僅かでもお金を稼ぎ続け
上の世代から同年代や、下の世代と働いた事でなんとなく自信がついたので、通信制の高校に通い直す事にした。

高校に入学する前にコンビニを辞めて
別のアルバイトをしながら高校に通い始めた。
その頃に、家の用事で市役所を訪れた際に、サポステのチラシを見つけて、就労支援の相談に繋がった。するとそこでサポステ内に音楽サークルがある事を知り、相談の傍ら参加し始めた。
この時のバンドの名がニートルズで
練習に参加しはじめて3ヶ月後に、自治体のイベントにバンドで出演した。
なぜかその時に、地元の市長が視察に訪れていて、
僕は約3年間の引きこもり生活を終えたその2年後に、
何の因果か地元の自治体の市長の前でエレキギターを弾く事になったのである。
正直生まれて初めてのバンドでのライブで無我夢中だったので、すごく憮然とした顔でこちらを眺めていた市長の顔しか覚えていない。
そんなこんなでバイトと勉強とギターに明け暮れながら、僕の3年間は過ぎた。
今思えば、それが僕のちょっと遅い青春だったように思える。
ただバンド仲間を除けば、友人関係は殆ど無かった。引きこもり経験もサポステの人以外の他の人に言うのが抵抗があった。

高校卒業後の進路は全く決まって無かった。
経済的な理由で進学を断念したが
かといって働きたい職種も見つからなかった。
急に人生の壁にぶつかったような感じで
そこから就職活動をしたり、アルバイトを転々としたりする日々だった。
卒業する前に、新たな転機と呼べる出会いがあった。地元の広報誌に、全国の引きこもり関連のNPOが集まる全国集会の告知を発見したのだ。
僕は当日に、途中まで行くのをためらったが、
やっぱり行きたくなり会場に行った。
この時に当事者活動やNPOの存在について沢山知るようになり、自助会に通い始めた。

24歳。ようやくこの頃から、自分の引きこもり経験を他人に臆面なく話せる機会が出来た。
僕の話を面白いと言ってもらえて、シンポジウムにも出してもらった事があった。
その時は自分の引きこもり経験に絡めた失敗談を話した。
コンビニで働きはじめた当初、研修の休憩時間に他の人と話すのが少し怖くて、壁の方に突っ立ってたら、店長に注意され
一年後に「お前あのとき壁と会話してたよな」と勘違いされていた話や
隣の人と喋るのが怖くて万葉集を読んでいたが、
「何故僕は古代の人の気持ちは理解しようとしてるのに、目の前の現代の人とは上手く話せないのだろう」という疑問を話したら
思いの他受けたようで、
反応がもらえて嬉しかった。もっとも僕はその時も喋るのに必死で周りの反応にまで気づけなかったけれども。

この頃には、よく通っていたNPO団体の正会員になったり
引きこもり関連の新聞に当事者手記を書かせてもらったりして、自分の事を発信する機会が少し増えた。
ただ書いた事で、その当時の自分自身の発信の限界のようなものも感じていた。
仕事の方では、25歳頃から某大手清掃会社でアルバイトで働きはじめていて
その傍ら教習所に通って普通自動車免許を取ったりしていたが
1年半勤めたあとに退職した。
正社員登用のある会社だったので社員を目標に働いていくつもりだったが、どうしても仕事が好きになれず、将来続けていく自信が無かった為だ。
自立出来るだけの収入が得られなかったのもある。

今後どうして行くかについてはいつも考えている。
僕は引きこもり時から弾いてきたギターと、NPOを通した活動などを通して
もっと自己実現してやりたいと思っている。
仕事も自分に合った所が見つかれば良いなと考えている。
そしてただ自分の満足だけではなく
今自分自身が生きる実社会も、より良い方向へ変えていける一助で在りたい。
ギターも活動も死ぬまで続けてやる。
引きこもりだった期間をただ履歴書の空白として置いておく気はさらさらない。
それは生きている限りだ。
僕はまだ何も諦めてはいない。




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Opinions

  1. Post comment

    強い生命力とエネルギーと感じる作品だと思いました。

    3年の引きこもり経験の後、現状を変える為にエレキギターで爆音を敢えて出して精神科病棟に措置入院。
    そして、バイト、バンド活動、交際、NPOでの当事者活動・・。

    そのように、エネルギッシュに活動された結果、現在は様々な成果を獲得されている。
    引きこもりは本当に人それぞれで、このように精力的に活動する人もいるのだと思います。

    私は引きこもり期間がもっと長く、暗い時代を長く過ごしたタイプで、
    多分世代も一回りくらい違いますが、この作品を読んでいて勇気を貰いました。
    このようなエネルギーを持って進んでいきたい。見習いたいと思いました。

    そして、ラストが最高に好きです。「私もまだ何も諦めてはいない。」

    山添博之

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