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文学大賞 本編部門12 何もしてないじゃない… 作者 夜半の月

引きこもり文学大賞 本編部門12

作者:夜半の月

東京のビル街から少しはずれた場所に佇む一軒の服屋がある。
その店の名は「オーダーメイド」。
この物語はこの服屋の店主と一人の引きこもりのお話し。

夏も過ぎ去りまもなく秋が終わろうというこの季節。多くの人は来る冬に備えて大手洋服店などに行き、冬服を買う。そんな中、まるでカフェかと思うほど小さく小洒落た外見の服屋「オーダーメイド」は今月になってまだ一人も客がいなかった。店主である僕、夜月(よづき)は作業用エプロンを着て店の扉が見える場所でコーヒーを飲んでいた。するとカランとウインドチャイムが鳴り、扉が開いた。
「ようこそ、服屋オーダーメイドへ。今日はどういった服をお求めで?」
僕はいつも通りの接客をした。しかしなぜか返事が返ってこなかった。不思議に思い、僕は店の入り口へと向かった。入り口付近には誰もおらず店内を見回しても人の気配はない。違う店と間違えたのではないかという考えに落ち着いたその時、入り口の扉の床に封筒が一つ置かれていることに気がついた。先ほど扉を開けた人が落としていったものだろうか。封筒を拾い上げて裏を見るとそこに「オーダーメイドの店主さんへ」と美しい文字で書かれていた。そこでようやくその封筒が自分宛のものだと分かり、作業室に戻って封筒を開けた。封筒の中には一通の手紙が入っていた。そこにはこう書かれていた。
「こんにちは、店主さん。私はルカという者です。まずは手紙での発注をお許しください。私は引きこもりです。店主さんとお話しすることができないのでこうして手紙でのやり取りをさせていただきます。この手紙を店に運んだのは飼い猫です。さて、発注の内容ですが、私は引きこもりを辞めたいんです。そのため、引きこもりをやめられるような服を作っていただきたいのです。私のことについて聞きたいことがございましたらこの手紙の裏に書いてある番号で手紙を送ってください。」
一通り読んだが、困ったものだ。僕は今までいろんな人の服を作ってきたが、ここまで難しいものは初めてだ。その理由は、この送り主の姿を見ていないことだ。本人がいない限り採寸だってできないし顔や体型がわからないからどんな服が似合うのかわからない。それに引きこもりを辞めたいと言われてもこの手紙の送り主ルカがなぜ引きこもっているのかがわからない。そんな状況でその人に合った服なんて作れるはずがない。熟考の末、僕は書かれていた番号に手紙を出すことにした。
「こんにちは、ルカさん。オーダーメイドの店主の夜月です。当店をご利用いただきありがとうございます。ご注文いただいた服の製作にあたってお客様の採寸などをさせていただきたいのですがご来店いただけますでしょうか。」
この手紙を出した一週間後、同じように入り口の床に封筒が置いてあった。肝心の手紙の内容は、「こんにちは、夜月さん。連絡ありがとうございます。採寸の件ですが、店だと緊張してしまうので私の自宅で行うことは可能ですか?裏に住所を書いておきます。」というものだった。驚いた。自宅での制作なんてしたことないし聞いたこともない。いや、さまざまなことがデリバリー化するこの時代ならあり得るのかもしれない。服職人のデリバリーといったところか。とりあえず返事を考えねば、そう思い作業机に向かったが筆が進まず結局手紙には「可能です。」とだけ書いて返事をした。

返事の手紙を出した翌日、夜月はルカの手紙にあった住所に来ていた。持ち物は採寸道具だけ。住所は店からそう遠くない電車で二駅ほどの場所にある普通の一軒家だった。インターホンを押し、「こんにちは、オーダーメイドの夜月です。」と言うと家の中から微かに「どうぞお入りください」と言う声がした。いわれるがままに中に入ると、そこは薄暗く先ほどの声の主らしき人は見当たらない。
「猫について行ってください。」
廊下の奥の方からこの言葉が微かに聞こえた後、夜月は足元に黒猫を見つけた。
「こんにちは、いつも手紙を運んでくれてご苦労さん。ご主人のところへ案内してくれるのかい?」
夜月が黒猫に挨拶をすると猫は先ほどの声がした廊下の奥へと歩いていったので、言われた通りついていった。廊下を曲がって少しすると猫が扉の前で止まった。
「お入りください。」
そう扉の向こう側から言われて夜月は扉を開け、部屋に入った。部屋の中は少し散らかっていたが特に変わっているわけでもなく、一般的な部屋に見える。ルカらしき少女がいて見た感じ高校生といったところで、ファッションショーなどで歩いていても違和感ない美貌だった。
「あなたがルカさんですね。ご利用ありがとうございます。それでは採寸の方を始めさせていただきます。」
そういうとルカはそっと立ち上がり採寸に応じた。三十分ほどで採寸は終わり、僕は次の準備に入ることにした。「なぜルカが引きこもっているのか」を調べることだ。
「ルカさんはなぜ引きこもっているんですか?」
余計な詮索はいるまいと思い僕は質問をする。
「まだお話ししていなかったですね。実はクラスの人達と喧嘩…をしてしまったんです。喧嘩の次の日は学校に行きづらくて休のだのですが、そうするとどんな顔で会えばいいのかわからなくなって学校には二週間ほど行けていません。だから夜月さんには謝る勇気が出るような服を作って欲しいです。」
夜月は少し黙り込んで考えた後、何か思いついたように「では店に戻って服を作らせていただきます。出来上がり次第こちらに伺います。」と言ってルカの家をあとにした。その日の午後、近隣の高校に卒業生でもない男が女子生徒の情報を聞き回っているという不審者情報があったそうだ。

一週間後、夜月は再びルカの家に訪れていた。その手には大きな紙袋が二つ下げられ、側から見るとまるで正月のショッピングモールによくいるような少し異様な光景だ。一週間前と同じ手順で部屋に通され、夜月は紙袋を置きルカの正面に座った。
「ご注文いただきました商品が完成しましたのでお渡しします。」
そう言って夜月は持ってきた紙袋の片方から服を取り出した。
「これは…想像していたよりも明るい色の服ですね。」
ルカの前に差し出されたのは白いワイシャツ、ジーンズ、薄い水色のジャケットだった。
「あなたが仲直りをしたいと思っているのならばおそらく相手もあなたがどうしているか心配に思っていることでしょう。ならば相手に不安を感じさせないように明るい色の服で行くべきです。それに明るい色は思考をポジティブにしてくれるから謝る勇気も出るかもしれません。」
ルカは少し考えた後、口を開いた。
「ありがとうございます。これでまた学校に行けるようになるかもしれません。代金の方は…」
ルカがそう言いかけた時ー
「本当にあなたが必要とするのはその服ですか?」
「えっ…」
ルカは意表を突かれ、目をぱちくりさせた。
「あなたが欲しいのはこちらの服ではないでしょうか。」
そう言って夜月は持ってきたもう一つの袋から新たな服を取り出した。
夜月が用意したもう一つの服は黒のパーカーだった。
「あなたが引きこもっている理由は喧嘩なんかじゃない。実はいじめに遭っているんでしょう。」
「なんで…」
「私が一週間前に訪れた時、私はあなたに引きこもっている理由を聞きましたね?その時あなたは喧嘩をした相手が複数人であるかのように話しました。そして喧嘩という言葉に詰まってあなた自身が喧嘩と表現することに抵抗を持っているように感じました。しかしまだ確信が持てなかったので近隣の高校を三校ほど回ってあなたと同じくらいの学年の人に一ヶ月前から不登校の女子はいないかと聞いてみました。すると案の定ここから一番近い高校にいじめられていてここ一ヶ月ほど学校に来ていないという女子生徒がいると聞きました。それはあなたですよね、ルカさん。」
ルカは黙っていたが、気持ちを落ち着かせて話し始めた。
「よく調べましたね。確かに私がその女子生徒です。でも何故あなたは黒のパーカーを私が欲していると考えたのですか。」
「黒は暗闇で目立ちづらく犯行後の逃走にはうってつけです。さらにパーカーにはフードがついていて防犯カメラなどから顔を隠すのにぴったりです。」
「何が言いたいんですか。」
ルカが厳しい視線を夜月に向ける。
「つまり…あなたはいじめられた相手に復讐を望んでいるんです。」
部屋はしばらくの間、沈黙に包まれた。その沈黙を破ったのはルカの泣き声だった。
「うっ、ひぐっ、なんで…なんで私をいじめるの…何もしてないじゃない。私が掃除や仕事をちゃんとするように言っただけなのにめんどくさがって少しもしようとしないくせに私を邪魔に思ったんでしょう。何が悪いのよ…」
「やはりそういうことでしたか。」
夜月は理由を知っているかのような様子だ。
「今ならあなたが学校に行っても大丈夫だと思います。」
「いじめに遭っていると言っているじゃないですか…」
「私が学校に行った時、あなたのクラスまで案内してもらったんです。そこには掃除をサボっている生徒の姿はありませんでした。あなたが学校に来なくなって仕事に滞りが生じるようになり、あなたがしてくれていたことに気付いたようです。クラスメイト数人に話を聞きましたが、みんなあなたに学校に来てもらって謝りたいと言っていました。」
「そんな…」
ルカは黙り込んでしまった。
「わかりました。明日から学校に行ってみます。あと、この黒いパーカーは返しておきます。私にはもう必要ありません。」
「そうしてください。最初に出した三着の服は差し上げます。お代は要りません。」
そう言って夜月はルカの家を出て店へと戻った。

数日後、夜月がルカの通っている高校の前を通ると校庭で友達と楽しそうに体育の授業を受けるルカの姿があった。

 




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