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文学大賞 短編部門08 二度の打撃 作者 江川知弘

引きこもり文学大賞 短編部門08

作者:江川知弘

 私の心を潰す二度の打撃。
 私は、家の風呂場の中にずっと閉じこもっていた。この辛い現実で私の心を唯一、平常にさせてくれる聖域。
 だが、その聖域が突如壊されてしまった。その中で外の現実世界と繋がれるスマートフォンを誤って見てしまった。
 会社の上司から二十件以上の鬼の着信履歴と脅迫メッセージ。パワーハラスメントは都会の会社だけではなく、こんな田舎の会社でも存在する。悪や事件はどこにでも存在する。
 今日もその恐怖が、私の右の心を容赦なく鋭く潰し、永遠に苦しめ続ける。
 だが、心を潰す打撃は自然災害のように予想できず突然やってくる。スマートフォンに、また音の違ったメッセージの通知。
「ごめん、やっぱあなたとはもう無理……別れよう」
 これは私の人生で初めて味わう苦しみだ。心を蝕むように今度は左の心が潰されていく。
「……!」
 私は、聖域から飛び出した。
 ただただ走って走って、ひたすら走る……。
 先も見えずとも走って走って……。
 遠くへ、遠くへ、ひたすら遠くへ……。
 逃げて、逃げて、ガムシャラに逃げた……。
 私にはもう逃げるしか選択肢がない。

 突然、足が止まった……。
 気づくと、目の前には立ち入り禁止の看板と安全柵が私を囲うようにして行く手を阻んでいた。さらに上を見上げると、そこには通称『武者返し』と呼ばれる頑丈でデカく、反り返りの激しい高石垣。その上には、二度の震災で痛々しく傷つきながらも、その場に立ち続ける、復興途上の熊本城の天守閣がそびえ立ち、こちらを見つめていた。
(もうここから先へは行けない……)
 私は悟った。自分は一体ここで何をやっているんだろう。逃げたって、もうここから先へは行けないのだからどうしようもない……戻らないと。もう、戻って現実と向き合うしか、立ち向かうしかないのかもしれない。熊本城だって震災で傷ついても復興に向けて、前を向いて懸命に頑張っている。今の私と比べたらどうだ……。




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