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文学大賞 本編部門02 暇人とネジ 作者 西賀はち

引きこもり文学大賞 応募作品02

作者:西賀はち

その男は裕福でも貧乏でもなく、いわゆる平凡な生活を送っていた。
朝起きて、会社に行き仕事をし、それが終われば家に帰り、寝てまた起きる。その繰り返し。時々バーに寄ったり、どこかに出かけたりもするが、それも繰り返しの一部にすぎない。
しかし男はそんな自分の生活が嫌ではなかった。自分が過ごしている毎日を平凡なものだと思っていなかった。
それは、良く言えばその日その日を一生懸命に生きているということであり、悪く言えば自分の生き方についての考えが足りないということである。
今日は休日。
特に予定を立てていなかった男は、朝、ベットで目が覚めて、今日という日を何をして潰そうか考えていた。
何も良い案が浮かんでこなかったので、朝食を食べて頭を働かせようと、ベッドから起き上がろうとした。だがそれは、頭に当たった何かによって止められた。
「いて……」
ベッドの上に落ちた何かを拾い上げる。
「これは………ネジ?」
それは、ネジとしか表現できないほどに、ネジだった。
プラスドライバーでくるくるして物を留める、お馴染みのあのネジだった。
男は天井を見上げる。
けれどその視界の中に、ネジが落ちてきそうな製品は見つからなかった。
男はそれについて深く考えようとはせず、立ち上がってネジをテーブルの上に置き、そのまま朝食を摂った。
朝のテレビを見ながらさっさと食べ終える。
さっさと食べる意味は無いのだが、平日の出勤前のばたばたに慣れてしまっているせいで、朝は何かと行動が早くなる。
そんなことをしているうちに、男はネジのことを忘れていった。
男がネジのことを思い出したのは、昼になってからだった。
昼食前なのでテーブルを一度拭こうとした時に、ネジが視界に入った。
男は携帯端末を操作し始めた。インターネットを使ってそのネジがどういうものなのかを調べようとしたのだ。
だがこれは無理だった。
男の望むネジが見つからなかったのではない。どころか、『ネジ』と入れて最初に出てきた画像とそのネジは全く同じだった。
その画像のネジは、大手の企業が作っているものらしく、シェア率が全国一位、つまりどこにでもあるネジということだった。
現に男の部屋の中にも、そのネジが使われている製品が多数あった。
これではネジがどこから落ちてきたのか特定できない。
インターネットでの解明を諦めた男は、再び自分でネジの元を探すことにした。
即ち、そのネジを使っている家具を片っ端から調べて、ネジが抜けているところがないか探すことにした。
手間のかかる作業だが、頭に落ちてきた以上、低い位置にある家具ではないということと、自然に落ちてくるということは、奥の方にあるネジではなく、表面を見ただけで抜けていることが判別できる部分にあるだろうとの推測から捜索範囲を絞ったため、思っていたほど時間はかからなかった。
だがこの捜索も、時間の浪費となってしまった。
範囲内は隈なく探したにもかかわらず、どこにもネジが抜けたような跡は見つからなかった。
困り果てた男は、友人に電話で相談することにした。
大学からの付き合いで男の性格をよく理解してくれている友人に電話をかけた。
「お前から電話してくるとは珍しいな。どうかしたのか?」
電話に出た友人に、男は事情を説明する。
「お前は相変わらずしょうもないことで悩んでるんだな。そんな呑気に生きれるお前が羨ましいよ」
「悪かったな、呑気で」
「拗ねるなよ。協力はするからさ。うーむ、しかし、ネジ………しかも一般型となると、元を見つけるのは難しいと思うな。何か細かい特徴はないのか?例えば、表面が少し磨り減ってるとか」
言われて、男はネジをもう一度見直す。
「うーん、これといったものはないな。普通に、普通のネジだ」
「そうか………。お前がそれだけ探してもネジの抜けた跡が見つからないってことは、もしかしたらそのネジは元々どの家具のネジでもないのかもしれないぞ」
「どの家具のネジでもない?じゃあ何のネジなんだよ」
「だから何のネジでもないんだよ。製品の間に紛れ込んでたり、何かの拍子に引っかかってたのが、今日たまたま落ちてきたのかもしれない」
「なるほど、だからこれだけ探してもどこから落ちてきたのか分からなかったのか」
「納得したか?」
「ああ、納得した。ありがとう。さすがお前は俺を納得させるのが上手いな」
「そりゃこれだけ長く付き合ってたらな。んじゃ、今度はどっかで酒でも飲みながら話そうぜ」
「ああ、ありがとな」
「おうよ」
電話を切った男は、その後はいつも通りの、平凡な休日を過ごした。

男の様子を観察していた存在が上空にあった。
「なんなんだこの星の住民は。どのような行動パターンを取るか調べるために、偵察機を見つかっても怪しまれないよう、この星にありふれているものに擬態させたというのに。あれだけの時間をかけて調べ上げられるとは。幸い今回はバレずに済んだが、当初の予定通りいきなりこの星中に偵察機をばらまいていたら、確実にバレてしまっていただろう。しかしなぜ疑問に思われたのだろう。完璧に擬態をしていたはずなのに。きっと我々の技術力では及びもつかないものをこの星の住民は備えているに違いない。危ないところだった。こんな星に戦争を仕掛けていたら、植民地獲得どころかこちらが奴隷支配を受けていたかもしれん。これは今すぐに帰って報告せねば」
その存在は乗っていた飛行物体を操って、故郷の星へと帰っていった。




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Opinions

  1. Post comment

    ネジに興味を持たなかったら地球が滅んでいたかも、と思うと怖いですね……星新一さんのショートショートを思い出しました。

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