引きこもり文学大賞 短編部門23
作者:福西 直
カーテンを抜け、太陽の光が目の中に射しこむ。
どうやら今は朝のようだった。外から聞こえるスズメの鳴き声と通学する学生の声で分かる。
仕事を辞めて以降、決まった時間に起きたりすることは無くなった。朝の時もあれば夜の時もある。労働をしていた頃からは想像できないほどの堕落した生活だ。
リュウイチは有名大学卒業後、大手銀行の営業マンとして働いていた。父親が銀行に勤めていた影響もあり、自分もそうなるものだと何の疑いもなく父と同じ道を歩んだ。
が、それがそもそもの間違いだったのかもしれない。と彼は今では思う。
銀行業務は想像以上に激務で、50人いた同期も1年で半分になってしまった。ノルマが未達の度に上司からの「詰め」が入り、それに耐えかねて辞めていくのが殆どだった。それでもリュウイチは喰らいつき、毎日の仕事を何とかこなしていった。
しかし、彼にとっては優越感があった。まるでゲームを勝ち抜いているような錯覚でもしていたのだろう。正直ここまでくると同期に構っている暇はない。自らのことで精一杯だから、辞めても何にも思わない。むしろライバルが減ることは有難かった。皮肉にもこんなところも父親そっくりである。
しかし、それも長くは続かなかった。
体調を崩し、退職。
彼にとっては屈辱以外の何物でもなかった。父親が出来たのだから自分に出来ないはずがないと疑いを持っていなかった分、それは大きいものであった。
退職後、彼は実家に戻らなかった。辞めたことも両親に伝えていない。だから、今でも両親は彼を銀行マンと思い込んでいる。一種の詐欺のようなことだが、彼のプライドがそれを許さなかった。
「次は~新宿。終点です」
電車の中でアナウンスが響く。
電車を降り、車留めの先にある改札を通り街の中へ彼は消えた。
車留めの先にあるレールを探し求め、彼はまた歩き始めたばかりである。