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応募作品1

つうじょうじん

ペンネーム:山添博之

※当作品はフィクションです。実在の団体や人物とは一切関係ありません。

引きこもらずに人生を過ごす人々「つうじょうじん」

専門機関の調査によると「つうじょうじん」の人口は日本国内に約1億人が存在する事が判明した。

「つうじょうじん」とは15歳~64歳の年齢の者で、家族以外に親しい人間関係があるか、もしくは就労や就学を行っている状態にある人々の事である。
この「つうじょうじん」は引きこもりよりも犯罪を行う割合が高く、危険な存在である事が専門家の指摘により明らかになっている。

特に「つうじょうじん」状態が20年以上にも及ぶ「長期つうじょうじん」は社会の深刻な問題だ。
長期化した「つうじょうじん」の多くは就学・就労したままの生活を何十年間も無益にいつまでも過ごしていく。
そして社会の群れの中で同質化し集団化して行き、差別、いじめ、抗争、紛争、戦争などトラブルを世界中に絶え間なく発生させるようになるのだ。

この「つうじょうじん」の正体とは一体何なのだろうか?
私は責任のある引きこもりの一員として、「つうじょうじん」という存在の真相に迫るために調査を開始した。

最初に、「つうじょうじん」問題を長年調査してきたこの問題に詳しいムラカミ氏に話を伺った。

「なぜ人は[つうじょうじん]となってしまうのでしょうか?」

「引きこもらずに[つうじょうじん]になる原因は人によって様々です。
幼少期のトラウマや家族関係や本人の性格など、人によって色々な原因があるのです。」

「明確な一つの原因が分からない事が怖いですね。私もいつか[つうじょうじん]化するかもしれないのでしょうか?」

「はい。誰でも[つうじょうじん]化の可能性はあります。長年真面目に引きこもっていたのに、突然[つうじょうじん]化する人は珍しくありません。
良くある例は最初は短期間のバイトを行い、その後フルタイムの仕事を行うようになる。そして、そのまま[長期つうじょうじん]と化して行くのです。」

私は戦慄を覚えた。私達もいつか突然「つうじょうじん」化してしまう可能性があるのだ。他人事とは言えない。一体どうすれば良いのだろう?

次に私は「つうじょうじん」問題の解決に携わっている「つうじょうじん支援スクール」のコサダ校長の支援活動を調査した。
彼の支援活動では「つうじょうじん」と直接出会い、説得し、彼らを引きこもらせるのである。

今回のコサダ校長の支援対象者は32年間「つうじょうじん」状態が続いてるタダオさん。
外で友達を作って遊ぶことが大好きだったタダオさんは幼少期から一度も引きこもらずに32年間「つうじょうじん」として過ごしてきた。
タダオさんは「つうじょうじん」として通学し、進学し、大学を卒業後、A株式会社に入社。就労したまま現在に至る。
彼は人生の殆どを「つうじょうじん」として無益に過ごしてきたのである。

私はコサダ校長と彼のスタッフと共にタダオさんの会社を訪れた。

タダオさんは社内でビジネススーツを着てネクタイを締めていた。
これは「長期つうじょうじん」に良く見られる姿だ。

「私はA株式会社の営業課のタダオと申します。どのようなご用件ですか?」

そう言うとタダオさんは名刺をコサダ校長に差し出した。タダオさんのような「長期つうじょうじん」はその特徴が外見に表れるようになる。
定期的に美容院や床屋で髪を切り、毎日整髪料などを用いて髪型を整えるようになってしまう。「つうじょうじん」状態が慢性化する事で独自の作法を身に付けてしまうのだ。

コサダ校長が話し始める。

「タダオ君。君の人生では今まで一体何をやってきたんだ?」

「私の経歴ですか?私はB大学C学部を卒業して当社に・・」

コサダ校長がタダオさんの話を途中で遮る。

「君は引きこもらずに32年も過ごして今後は一体どうするつもりなんだ?」

「今後ですか?キャリアを積んで出世して・・」

「私は君を助けに来たんだ。直ぐに引きこもるのは無理だろうから、うちの寮に入寮して引きこもる訓練を始めなさい。」

「断ります。」

タダオさんはキッパリと断った。

「もう逃げるのは止めなさい。これ以上[つうじょうじん]として人生を無駄に過ごすのは止めるんだ。」

タダオさんの反応はない。コサダ校長を無視して業務に戻ろうとしている。コサダ校長は業を煮やしたように叫んだ。

「いい加減にしろ!何故こもらないんだ!はやくこもれ!!」

「これ以上続けるなら警察呼びますよ。帰ってください。」

タダオさんは再びコサダ校長の支援を拒絶した。「長期つうじょうじん」を支援に繋げるのは簡単な事ではない。

コサダ校長が携帯電話を取り出した。携帯から甲高い声が聞こえて来た。

「パパ!!助けて!!!」

タダオさんのご子息のタダシ君の声である。コサダ校長の携帯の画面の中のタダシ君の首元には覆面の男が刃物を添えていた。

―「長期つうじょうじん」問題を解決するには本人の家族の協力と暴力的な強制力が必要である。
これはコサダ校長の支援哲学である。

「ほらダダシ君も迷惑してるじゃないか!いい加減にしろ!!」

「・・・わかりました。」

タダシくんの姿を見て状況を理解したタダオさんは了承し、「つうじょうじん支援スクール」の入寮契約書にサインした。
寮費は月50万円である。この寮は自分の力で引きこもれるようになる為の訓練の場だ。入寮者は各自の部屋の中で半年以上を閉じこもって過ごさなければならない。
外出する事は許されない。部屋の窓には鉄格子が取り付けられ、廊下には監視カメラが設置されている。タダオさんにとってはとても辛い状況だろう。

これで本当に良かったのだろうか?私はコサダ校長に問いかけた。

「[つうじょうじん]の人を恫喝し脅迫し暴力的に引きこもらせるのはやり過ぎではないでしょうか?」

コサダ校長は答えた。

「私たちが対応しているのは長期化した深刻なケースです。[つうじょうじん]状態が長期化するとそれが常態化し自分の力では後戻りできなくなります。
彼らは引きこもりよりも犯罪率が高い犯罪者予備軍です。ほっておくと凶悪な犯罪を引き起こす可能性が高いのです。それを防止する為には仕方ありません。」

しかし、あまりに暴力的すぎるのではないか?穏やかに「つうじょうじん」問題を解決する方法は無いのだろうか?

次に「元長期つうじょうじん」であるマチダさんにお話を伺った。

「今日は良くインタビューに応じてくださいましたね。」

「はい・・その・・[つうじょうじん]をしていた時の事を、多くの人に知ってもらう必要があると思いました。」

「マチダさんは何年間[つうじょうじん]をされていたのですか?」

「10年です・・・」

「そこからどうやって引きこもり復帰を果たされたのですか?」

「最初は週に2~3回の短時間の引きこもりから初めて、段階的にフルタイムの引きこもりになりました。直ぐに完全な引きこもりになるのは難しいと感じました。」

なるほど。段階的に引きこもりとなる工夫をすれば、コサダ校長のような暴力的なアプローチは必要ないようだ。

「それは本当に良かった。マチダさんが[つうじょうじん]化してしまったきっかけは何ですか?」

「私は24歳までは真面目にひきこもっていました。部屋の外に出ず、友達も作らず、学校には毎日欠かさず通いませんでした。でも退屈でした。外の世界が気になったんです。」

「退屈?インターネットや本やTVやゲーム・・引きこもっていて退屈なんてしないでしょう。そして外の世界の何が気になるんですか?インターネットやTVから全部分かるじゃないですか?」

「パソコンやスマホやTVやゲームなどは嫌になれば電源を切れば終わりです。何事も切迫感を持った現実として感じられず退屈するようになりました。
しかし、外の世界はコントロール不能で予想外の出来事で満ちています。だから外の世界が気になり出かけるようになってしまったんです。最初は怖かったですが、段々と慣れてしまいました。
そしてつい就職してしまい、自立して家賃や生活費を全部自分で支払うようになりました。税金や保険や年金までも・・給料から天引きされていて・・払っていました・・そして・・あの・・」

マチダさんは涙声になり言葉が途切れ途切れになっている。

「親へ・・親への仕送りまで行うようになってしまいました・・それが何年も続いて・・・」

マチダさんは「つうじょうじん」状態が長期化した挙句、納税を繰り返すようになり、遂には親への仕送りまでも行うようになってしまったのである。
私はマチダさんの中に現代社会の深い闇を見た。私たちも責任のある引きこもりの一員としてマチダさんの勇気あるこの告白の内容を反面教師にして、人生の向き合い方を見つめ直す機会としなくてはなるまい。

マチダさんが行った事は「つうじょうじん」による「つうじょうじん社会」の維持と再生産をもたらす行為だった。しばしば虐待の被害者が虐待の加害者となり虐待の再生産を行うように、
「つうじょうじん」は「つうじょうじん」の再生産を行うのだろう。また、ムラカミ氏が指摘したように「つうじょうじん」化は誰にでも起こる可能性がある事を忘れてはならない。
あなたもいつか突然「つうじょうじん」化する可能性があるのだ。この不気味な発症メカニズムと自己の再生産機能を持った「つうじょうじん」は今後も増加を続けて行くだろう。

この悲劇を食い止める為に私たちは一体何が出来るのか?
「つうじょうじん」という社会の病巣を前に、今、私たちの在り方が問われている。




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Opinions

  1. Post comment

     現実のマジョリティーたる社会や大衆を異邦人やアウトサイダーといったマイノリティーの視点から描くというスタイルは諷刺小説の王道であるが、この作品では両者の逆転した世界を仮想することでSF小説のフレイバーを加えることにも成功している。主観と客観をバランス良く、クールに織り交ぜたルポルタージュ風の文体も作品によく合っており、特に”病識のない”タダオ氏と校長のやりとりのひりつくような緊迫感とリアリティは素晴らしい。全体にやや理屈っぽすぎるきらいはあるが、誰もが善とする”親への仕送り”をまるで悪行のように扱うというユーモアが作品全体に与えている良いユルさにも着目すべきであろう。
     概して”つうじょうじん”があるべき姿で”引きこもり”はそうでないという固定観念に疑問を呈し、読者の現実感覚をも揺るがそうとする試みを持った優れた作品である。個人的にはタダオ氏を語り手とした物語も読んでみたいと思わされた。

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  2. Post comment

    現代日本人に対して的確な指摘をしてくれているように感じました。個人的には、もう少し強めな口調でも全然問題なかったです!その方が、読者がより一層考えてくれると思いました。引きこもり支援に関する悪徳業者は、入寮時に高額な費用を徴収し、暴力的な手段で「更正」を行っているようですね。また、これは経験したことなのですが、引きこもりやうつの方々を知らない一般人の印象は、無知故に「いきなり『わー』っとなったらどうするんだ」でした。その観点を[つうじょうじん]に当てはめた手法は、さすがだな、と興味深く読ませていただきました。

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  3. Post comment

    「引きこもり」を取り巻く煩わしい現状を、立場を逆転して描くことで逆手に取り、鮮やかに浮き彫りにする胸のすくような作品。
    ポイントは[つうじょうじん]についての描写もまたほとんど事実である、というところだ。これは一見フィクションのようでノンフィクションでもある。ということを意識的に、客観的に描くことでユーモアも加えることにも成功している。虚構と現実の狭間をシリアスかつユーモラスに描く手法は、安部公房にも通じるセンスを感じる。
    引きこもり文学、というジャンルの登場を待っていたかのような快作と言えよう。

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